ひまつぶし

「鬱だ氏のう」


何度と無くこの言葉を書きこんだ。
本当は死ぬ勇気なんて無いくせに。
自殺する人は勇気のある人だと思う。
自分にはそんな勇気が無い。

今日も今日とて偽者の笑顔で暮らす。
とても疲れる。
みんなは自分の事を人付き合いが上手いと思っているようだ。
大きな勘違い。
「いつも明るくていいね」だって。
頭に来る。
いつもなワケないでしょ。
いや、むしろいつも鬱。

本当の自分は一体どこに行ってしまったのだろう。
本当の自分って誰?
いつもいつも作り物の自分。
一人で居る時も作り物。
自分は偽善者で嘘吐き。
こんな自分なんて死ねばいいのに。

「どうしたの?」
振り向くとなっちがそこに居た。
「いや?別に?」
また偽者の笑顔で誤魔化す。
誤魔化してばっかり。嘘吐き。
「元気無くない?」
「ほーらこんなに元気だぁ!」
自分は馬鹿だ。

「あのね、なっちね・・・」
また始った。自分の話しばかりする。
はっきり言ってもう聞きたくない。
なっちの話しなんて自分にはなにも面白くない。
どうして分かってくれないのだろう?
いや・・・自分が悪い。
笑顔で話しを聞く自分が悪い。

なっちが好きなだけ喋って部屋を出て行った。
静かになった。
あんなにウザイと思うのに一人になるとなぜか寂しい。
わがままだ。
気分直しにタバコでも吸いに行こう。
もちろんこっそりとだ。

「おはようございます」
りかっちが挨拶してきた。
「おはよー!」
元気に答える。まるでピエロのようだと自分でも思った。
にこにことするりかっち。
八方美人なヤツ・・・。
人を疑うとキリが無い。

疑うのは良くない、そんな事分かってる。
でも、信じて傷つくのももう沢山。
誰も信じられない無残な自分。
まるで亡霊のよう。
歩き出す。
人目のつかない所まで。

いつもの自分が一番落ち付く場所までやってきた。
タバコを出す。
火をつけようとする。
人の気配がして慌ててタバコをしまった。
気配のする方を見るとののちゃんがうろうろしていた。
「あ・・居た」
ののちゃんは走ってこちらにやってきた。

「あの・・・中澤さんが呼んでます」
ののちゃんはいつも笑顔だ。
嘘吐き辻。
キャラ作ってるのは分かってる。
偽善者。
偽者の笑顔。
自分と同じだという事に気づいた。
ののちゃんも自分と同じように悩んでいるのだろうか。

そう思うとののちゃんと話す気が失せた。
「ありがと。ののちゃん」
そう言って立ちあがった。
嬉しそうに笑うののちゃん。
疲れない?
そんな事聞けない。
タバコを吸うヒマもなく歩き出した。

「矢口ぃ〜」
裕ちゃんがなれなれしく抱き付いてきた。
うるさいうるさいうるさいうるさい。
いつも用も無く呼び出しやがる。
それでも呼び出しに応じる自分。
なれなれしい。
いつからこんなになれなれしくなった?
いつから友達になった?

頭に来る。
でも何も言えず演技を続ける自分がいる。
何もかも嫌になる。
本当は明るくて元気なんじゃなくて気が弱くて演技することで自分を守ってただけ。
そうやって自分を偽者にしてきた。
もう、取り戻せないのかな。
どうしたらいいのかも分からない。

家に帰ってパソコンを触る。
いつものように2ちゃんねるを見る。
つまらない。
退屈なのは自分。
何を見ても何も感じない自分が一番退屈。
いつものように同じ言葉を書きこむ。

「鬱だ氏のう」

ネットで見付けたサイトで買った睡眠薬のビンを手に取る。
ふたを開けていっきに飲みこむ。
今日こそ終わりにしよう。
そのままふとんに潜りこんだ。
さようなら、偽者の自分。

朝になって目がさめた。
「また・・・・失敗か」
矢口は大きなため息をついた。
ベッドから降りて、歯を磨きに部屋を出る。
「ああ・・・憂鬱」
矢口は呟いた。

矢口は異変に気がついた。
家には誰もいなかった。
「あれ・・・?」
家の中は綺麗なまま。
しかし人の気配がまったく無かった。
「みんなどこ行っちゃったんだろう」
矢口は家中を捜してみた。

そうこうしているウチに時間がやってきた。
「あ、もう行かなきゃ!」
矢口は急いで着替えて、家のカギを握り締めて飛び出した。
「あれ・・・・」
いつもなら迎えの車が来ているはずなのに、今日はいない。
それどころか回りに人影がまったく見当たらなかった。
仕方なく矢口は駅まで走っていった。

駅に着いても誰もいなかった。
矢口はそっと改札を抜けてホームまで歩いてきた。
やはり誰もいない。
矢口はだんだん不安になってきた。
一体どうなってるのだろう?

しばらくして電車がやってきた。
「良かった」
矢口は胸をなでおろした。
電車が近づくのをじっと見つめる。
先頭車両が矢口のそばを通りすぎる。
誰も乗っていない。運転手さえ。
矢口は唖然としていた。

電車は目の前に止まり、ドアが開いた。
矢口はそっと中を覗いてみた。
やはり誰もいない。
「そんな・・・きっと夢なんだ」
矢口は電車から離れた。
「イヤな夢。早く醒めて」

「乗らないんですか?」
突然の声に驚いて矢口は声のする方を振り向いた。
そこには石川が立っていた。
「あ・・いや・・」
矢口は挨拶も忘れて石川の顔をまじまじと見た。
「電車行ってしまいますよ」
石川はそう言うと矢口の手を掴んで無理やり電車に乗った。

電車のドアが大きな音を立てて閉じた。
「座りましょうか」
石川は矢口の手を放して椅子に座った。
矢口は立ったまま石川を見ていた。
電車はゆっくりと動き出した。

「私は八方美人ですか?」
石川は窓の外の景色を眺めながら突然言った。
矢口は驚いて何も言えなかった。
「私は嘘吐きですか?」
矢口はとりあえずこの場をしのごうとした。
「い、いや、そんな事ないよ」
「嘘吐きは矢口さんですね」
石川は冷たく言い放った。

「矢口さんだって八方美人ですよね。私以上に」
矢口は頭に血が上ってくるのが分かった。
「ちょっと!どういう事!?」
石川は表情一つ変えなかった。
「誰にでも親しげなキャラ演じて、そのウラで誰も信用してないくせに」
「仲が良い様に見せかけてイザとなったら裏切るんでしょ?」
矢口は石川の手を掴んだ。
「ちょっと!言っていい事と悪い事があるでしょ!」

石川は矢口の手を振り払い立ちあがった。
「図星みたいね」
石川は鼻で笑った。
「いつまでも演じてれば?バカ」
石川はそう言ってとなりの車両へ走っていった。
「待てっ!」
矢口は石川を追って走った。

となりの車両に入ると石川は椅子に座っていた。
矢口は息を切らしながら石川に近づく。
「ちょっと・・・」
矢口はそこまで言って言葉に詰まった。
椅子に座っているのは辻だった。

矢口は何が何だかわからなくなった。
辻は座ったまま立っている矢口を見上げた。
「疲れませんか?」
辻はポツリと言った。
「作り物の自分は疲れませんか?」
矢口は何も答えられなかった。

「私は、疲れました」
辻はじっと矢口を見詰めていた。
「矢口さんはいつまで人を騙して生きるんですか?」
辻の視線は次第に厳しくなってきた。
「それとも、もしかして、中身の無い人間だとか」
辻はニヤリと笑った。

「矢口さんは幻影だとか?あははははは・・・」
「生きる価値無しとか?あははハハハハ・・・・」
矢口は両手で耳を抑えて座り込んだ。
「もうやめて!」
矢口は叫んだ。
あはははははあはあははアハハハハハハハアあハアアはははっははははははああははははははははアアアアハハハハハハハハ
辻の笑い声が響き渡った。

矢口が目を覚ますと横には安倍がいた。
さっきまでの辻と石川は夢だったのか?
思い出すと怖くなり思わず安倍にしがみつき号泣してしまった。
「結局、誰でもいいんだね。」
私は安倍がなにを言ったのかすぐには理解出来なかった。

安倍は矢口を思いきり突き飛ばした。
矢口はヨロヨロと床に座り込んだ。
「近寄らないでよ」
安倍の目はまるで汚いものを見るような目だった。
「どうして?なっち・・・」
矢口は涙目になりながら安倍に聞いた。

「いつも仮面を被って、その下では人を嘲笑ってるくせに」
安倍は矢口を見下げながら言った。
「そ、そんな事・・・」
「みんなやぐっつぁんの事に気がついてないとでも思ってるの?」
「自分の胸に聞いてみたら?」
矢口は泣きながら天を仰いだ。
「そ・・・それは・・・」

矢口は何も言い返せなかった。
ただ、絶望しながら泣いていた。
「自業自得だね」
安倍は低い声で冷たく言い放った。
「みんなに本性がバレてた事がそんなにショックなの?」
「残念だけど、誰もやぐっつぁんの事信じてないよ」
「誰も味方なんてしないよ」

「もういやぁぁぁ!」
矢口は叫びながらその場を走り出した。
どこへ行くのか分からない。
ただただ全力で走った。
とにかくその場から逃げ出したかった。
涙で何も前が見えなかった。

何かにつまずいて勢いよく転んだ。
どっちが上かも分からないほど激しく転んだ。
矢口はバタバタと手を動かして起き上がろうとした。
矢口にはもう何もかもが分からなくなっていた。
これは現実?それとも夢?
手が何かに触った。
冷たい・・・刃物だった。

矢口は刃物を手にとって目の前にかざしてみた。
手が震えた。刃物を落しそうなほど。
「こここんなヤグチなんんて死んじゃえぇ」
矢口は刃物を自分のノド元につきつけた。
目をつむった。
ノド元に刃物の先端が付いた。
冷たかった。

しかしいつまでたってもそのままの状態だった。
矢口は力無く手を下ろした。
「死ぬことも生きることも出来ない!」
矢口は絶叫した。
「どうしたらどうしたらいいの!」

「何してるんや!」
突然声が聞こえた。
矢口が見るとそこには中澤が立っていた。
「矢口!気でも狂ったんか!?」
中澤は矢口の方に歩いてきて、手を出して刃物を取り上げ様とした。
矢口は恐怖にかられた。
「い、いやぁぁぁ」
その声は震えていた。

「いやぁ!」
絶叫しながら矢口は全身の力をこめて中澤を刺した。
「何すんのやぁ!」
中澤はそう叫んで矢口の方へ倒れ込んできた。
とっさに刃物を抜いて倒れてくる中澤をよけた。
中澤はそのまま床に倒れた。
「これは・・・夢なの」
矢口は呟いた。

「きゃぁぁぁぁぁ!」
大きな叫び声がまた聞こえた。
安倍と辻と石川がすぐそこに立っていた。
「やぐっつぁん!何て事したの!あぁ・・・」
安倍が中澤の体を抱き起こした。
辻は泣き叫んでいた。
「きゅ、救急車を!」
石川は走って部屋を出て行った。
部屋?
良く見ると・・ここはいつもの楽屋だった。

叫び声を聞いたのか楽屋にはぞろぞろと人が入ってきた。
入ってきた人々は口々に叫び声を上げて青い顔をしていた。
矢口は座ったまま呆然としていた。
「夢・・・だよね」
そして自分の腹を力いっぱい刺した。
「ほら・・・夢・・・痛い・・・」
刺したところから大量に血が出てきた。

「やぐっつぁん!」
安倍の叫び声が聞こえた。
安倍は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
悲鳴と怒号が楽屋にいっぱいになった。
「これは・・夢だよね」
息も絶え絶えに矢口は呟いた。
「夢!?どうしたのやぐっつぁん!何言ってるの!?」
安倍が気が狂ったように言った。

「これは夢・・・」
何かにとり付かれたように矢口は呟き、立ちあがった。
腹には刃物が刺さったままだった。
誰かが矢口の体を抑えた。
「夢なの!」
矢口は走り出した。
目の前がどんどん暗くなっていった。

全力で走る矢口。
矢口の走った後には血がポタポタと落ちていた。
階段を駆け上がる。
誰かが追ってきているのかも分からない。
ただ、一目散に上を目指した。

重く大きな扉を体全体で押して屋上へ出た。
そして一度も振りかえらず、止まらずそのまま走った。
「これは夢!」
「きっと、起きたらまた憂鬱な毎日が待っている・・・」
矢口は屋の端までやってきた。
そして柵を登り、その上に立った。

「さようなら、偽者」
そう言って矢口は柵を蹴った。

冷たい風が全身を覆った。

落ちて行った。

終。