ちょこっとファンタジー(3)
「・・・・さん!中澤さん!」
大声と体を揺すられて中澤は目を覚ました。
薄目で声の主を見ると、加護が必死の表情を浮かべていた。
「なんや・・・はよ寝や」
「起きてよ!大変やて!」
「なんや一体・・・」
中澤は不機嫌そうな顔をして体を起こした。

「窓の外みてや!」
「なんやねん」
加護に力いっぱい腕をひっぱられて、ヨロヨロと窓ぎわに向かう。
加護がカーテンを開けると、明るい光が差し込んできた。
それは太陽の明かりではなかった。
中澤は目を疑った。
「街が・・・街が燃えてるやんか!」

「ここもヤバイかもしれんて!早く逃げよ!」
ヒステリックに叫ぶ加護に腕をひっぱられながら、中澤は外を見つめていた。
「なにが起きたんや」
中澤は目を凝らして燃える町並みを見た。
逃げ惑う人々が見えた。
「な、なんやあれ?」

なにか変わったものが見えた。
人のような・・・でも違うようだった。
それは突然飛び立ち、中澤たちの部屋の窓へと近づいてきた。
人間・・・の姿に似ていたが羽根がはえていた。
「あ・・・あかん!」
中澤は窓から飛びのいた。

ものすごい音がして窓ガラスが割れた。
部屋の中に飛び込んでくるガラスの破片。
「何!何!?」
安倍が物音に気がついて目を覚ました。
「きゃああああああ!」
安倍の叫び声が部屋に響きわたった。
中澤は部屋の隅に置いてあった剣を手に取った。

「なんやねんこれ!」
加護はまだ中澤の腕を掴んだままだった。
「魔物や!手を離せあいぼん!」
加護が手を離すと中澤は魔物に向かって飛びかかった。
剣を振り下ろす。
しかし、魔物はすばやく中澤の前から消えた。
「どこや!」

「裕ちゃん上ぇぇぇ!」
安倍の気が狂ったような声に反応して中澤は上を向いた。
剣を真横にして上から飛びかかってきた魔物から身を防いだ。
剣が鈍い音を立て、刃のかけらが中澤の顔に降ってきた。
「な・・・欠けた?」

魔物はもう一度飛びあがり再度中澤に飛びかかろうとした。
中澤はまた身構えて、魔物の力に対抗しようとした。
と、突然魔物の体が火の玉になった。
「な?なんや?」
魔物はもがき苦しみながら部屋を出て行こうと窓に向かった。
しかし、そこで力尽きて床に落ちた。

「な、何が起きたんや」
「ウチが倒したんやで!」
中澤の背中から加護の声が聞こえた。
「魔法か・・・」
中澤はふと、飯田先生の言葉を思い出した。
「確かに・・・凄いわ」
「感心してる場合じゃないよ!火事だよ火事!」
安倍の声で中澤は我に帰った。
魔物が燃えて・・・部屋が燃えていた。
「逃げよう!」
「そうや!」
中澤は二人に言われて荷物を焦って持った。
「ああ・・・逃げるで」
三人は走って部屋を出ていった。

「火、そのままで逃げちゃっていいの!?」
階段を急いで駆け下りながら、一番最後を走る安倍が言った。
「しかたないやん。それどころじゃないで!」
「仕方ないって、アンタが火つけたんでしょう!?」
「そうでもせんと中澤さんヤバかったやんか!」
「ええから黙って走れ!」
中澤の大声に安倍と加護は黙って階段を下っていった。

一階についてロビーに出ると三人は立ち止まった。
ロビーの床にはおびただしい数の人・人・人・・・。
みんなうつ伏せになり、そして、冷たかった。
沢山の血が流れ、あちこちに溜まっていた。
と、突然強い風が入ってきた。
風上を見ると、そこにあるはずの壁はすっかり無くなっていた。
壁の向こうには、大きな何かがこちらを向いた。

「なんやあれ!」
加護が大声を出すと、大きな「アレ」はこっちを見た。
「ドラゴン?」
安倍はそう言うと中澤はゆっくりと頷いた。
ドラゴンはゆっくりと壁に開いた穴にその大きな顔を入れてきた。
「な、なんかヤバくない?」
安倍はゆっくりと下がりはじめた。

ドラゴンは顔だけをロビーの中に入れたまま大きく息を吸い始めた。
「ヤ、ヤバイよ!!」
安倍は大声で叫んで、魔法の詠唱を始めた。
安倍の魔法の詠唱が終わると同時に、ドラゴンの口から眩しい光が出てきた。
目を瞑り、頭を両手でおさえ、歯を食いしばる。
三人の後ろから物凄い風が吹いてきた。
その風はドラゴンからの光を一瞬押しやったが、光はそのまま中澤たちの所までやってき

何も音も聞こえない。
が、中澤は空中を飛んでる気がした。
目を瞑っているので何も見えない。
そして、何かにぶつかった。
激しい痛みが体中に走った。
そして、そのまま何回も何かにぶつかった。
上も下も何も分からない。
中澤はただ身を固めて、収まるまで待っていた。

最後に激痛が背中に走ると、どうやら止まったようだった。
中澤はゆっくりと目を開けてみた。
空が見えた。
体を起こし、周りを見た。
泊まっていたホテルが少し離れたところに見えた。
一階には大きな穴があき、今にも崩れそうだ。
そして、その穴の向こうにはさっきのドラゴンがいた。

中澤は我に帰った。
「なっち!!あいぼん!!」
大声で呼びかける。
中澤は立ち上がり、周りを見まわしてみた。
体中に激痛が走る。かなり酷くやられたようだ・・・。
「なっち!!」
「あいぼん!!」

「なんや!何が起きたんや!」
どこからか加護の声が聞こえてきた。
中澤は急いで声のする方へ歩いていった。
地面に山のようになっているガレキの一部分が崩れて、ひょこっと顔が現れた。
「あいぼん!」
中澤は加護の元へ走った。

「なっちは!」
中澤は加護の手を引き、ガレキの中なら加護を引きずりだしながら叫んだ。
「痛いって!もうちょっと優しく引っ張ってや」
加護の言葉は中澤の耳に届いていなかった。
中澤の視線は加護ではなく、荒れ果てた町に埋もれた安倍の姿を探していた。

ようやく加護を引きずり出した。
加護は全身の埃を手でぱたぱたと振り払った。
頭から足まで真っ白になってしまった。
「あぁーお風呂に入りたい」
加護は力無い声でそう言った。

必死に埃を振り払う加護をおいて、中澤は当たりをうろうろしはじめた。
「なっち!」
大声で安倍を呼びつづける。
しかし、どこからも返事が返ってこない。
中澤は必死になってあちこちのガレキを蹴飛ばしてみた。
安倍の姿は見当たらない。声も聞こえない。

「中澤さんヤバいよ!」
加護が中澤の腕を力いっぱいひっぱった。
中澤が振り向くと、先ほどのドラゴンがゆっくりとこっちへ向かって来ていた。
「なっち!」
中澤は焦って安倍を探す。
しかし…何の応答もない。
「中澤さん!」
加護の叫び声が中澤をますます焦らせた。

ドラゴンはさっきと同じように大きく息を吸い始めた。
「あ…ヤバいて!また来る!」
加護は悲痛な叫び声で中澤に呼びかけた。
しかし、中澤はその場に立ち尽くしていた。
安倍の姿が見えない…。
絶望が中澤を包んだ。

「何やってるの!早く逃げて!」
突然どこからか大きな声が聞こえた。
中澤はどこからその声がするのか分からなくてキョロキョロ当たりを見まわした。
「あ!ヒラメちゃんや!」
加護がそう言って腕をひっぱった。
中澤は加護に腕を引かれ、よろよろと歩き出した。

「なっち!」
中澤は加護に手を引かれながら叫び続けた。
しかし、中澤には安倍の姿も声も聞こえなかった。
「早く!一緒に乗って!」
先ほど聞こえた声はもうすぐそこで聞こえた。
「中澤さん早く!」
中澤は腕をひっぱられ、そして力ずくで馬にのせられた。

「しっかりつかまって」
この、無表情な女がそういうと馬は全力で走りはじめた。
女の後ろには加護。
そしてその後ろに中澤がしがみついていた。
遠ざかるホテルとドラゴン。
ドラゴンがまた何かをはいた。
そして、当たりは一面火の海になった。

「なっちぃぃぃぃぃぃ!」
中澤は絶叫した。
一面の火の海で何も見えなくなった。
馬は走り続けた。
中澤は目を瞑り、ただ、行く先も知らず身を任せるだけだった。

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