圭茶
-
- とあるテレビの収録。
「裕ちゃんは私にだけキスしてくれないんですよ」
「いやー・・・大人の顔だから」
大人の顔?
嘘なのは分かってるんだけど。
理由は別なんでしょ?
今日もストレスがつのる。
- 収録も終わり、楽屋に入ろうとドアノブに手をかける。
ドアノブをまわそうとすると、楽屋の中の声が微かに聞こえた。
ドアに耳を押し当てて聞いてみる。
楽屋の中では、外からはっきりと会話の内容が分かるくらい、大きな声で話していた。
「裕ちゃん、圭ちゃんとキスしたら?」
「いややー。なっちがしたらエエねん」
「やめてよ!気色悪い」
ドアノブを握った手に力が入る。
- ドアから耳を離す。ドアノブから手を離す。
ゲラゲラという笑い声がドアから離れていても聞こえる。
いつも・・・そう。
今までもこれからもずっと。
私は、この二人にバカにされつづけてきた。
裕ちゃんとなっち。
- 追加メンバーだから、虐められてきたと思ってた。
でも、そうじゃ無かった。
私が何をしたというのだろう?
ただ、居るだけで、虐められてきた。
私が暗いから?可愛くないから?
楽屋に入るのが嫌になった。
- 「圭ちゃん、どうしたの?」
後ろから突然声がした。振り向くと、そこには矢口が立っていた。
「早く着替えて帰ろうよ」
矢口は何も躊躇せずドアを開けた。
ドアが開いて楽屋の中が見えた。
中にいた二人は、私の姿を見て目をそらし、何もなかったかのように片付けをはじめた。
矢口は楽屋に入っていった。
私には・・・そこには見えない壁があるように思えた。
- 私が楽屋の入り口に立っているとぞくぞくとメンバーが私の横を抜けていった。
楽屋の中は一気に賑やかになった。
相変わらず騒がしい。
でも、その方が私には好都合だった。
ゆっくりと楽屋に入っていき、ドアを閉めた。
- =====================================
- 家に帰り、一人で色々考えた。
ここの所毎日。
なんとかこの状況から脱出したかった。
でもどうしたら?
どうしたら私は変われるんだろう?
いや・・・周りを変えられるんだろう?
- 裕ちゃんとなっちに目にモノ見せてやりたい。
私はいつしかそう思うようになった。
いや・・・二人を、追い出したい。
私は、あの二人に勝ちたい。
このままじゃ、いつまでも同じ事。
- じっとテレビを見つめながら考えた。
裕ちゃんというリーダーを追い出す。
クーデター?
でも、どうやって?
それに、一人じゃ何も出来ない。
誰か、協力者を探さないといけない。
- テレビを消した。部屋の中には何も音が無くなった。
そのまま床に寝転がって天井を見つめた。
協力者。
しかし、誰が裕ちゃんとなっちを追い出す事に賛同してくれるんだろう?
そんな人いるんだろうか?
メンバー一人一人の顔を思い浮かべた。
- 私を信じてついて来てくれそうなヤツ。
私は一人の顔を思い浮かべて突然起きあがった。
居た。
後藤。
後藤は・・・裕ちゃんともなっちともあまり仲が良くない。
なっちには嫌味を言われて、よく愚痴をこぼしてたっけ。
裕ちゃんにはキツク叱られた事を怒ってたっけ。
後藤なら付いて来てくれそうだ。
- 明日、後藤にハナシしてみよう。
そう決めると、何か心が落ち着いてきた。
きっと、協力してくれる。
後藤が協力してくれれば、吉澤も協力してくれるだろう。
きっと大丈夫。
- 次の日、スタジオに着くとまだ後藤は来てなかった。
多分寝坊だろう。いつものことだ。
部屋ではみんな楽しそうに騒いでいる。
矢口と裕ちゃんはいつものようにいちゃつきあってる。
加護と辻も相変わらず幼稚園児みたい。
他のメンバーも楽しそうだ。
そう、これがいつもの風景。
なんとなく私だけが浮いている感じ。
でも、いつも間にかこの状態に慣れてしまってた。
TVでは仲良しなモーニング娘。だけど
実際は違う。
カメラがなければみんな、私がいることすら気づかない。
いや、気づかないフリをしてるんだ・・・。
- 一人でMDを聞いていると、やっと後藤が来た。
「ぉはよーざいまーす」
すかさず裕ちゃんが怒鳴る。
「後藤!30分遅刻やんか!遅くなってすみませんの
一言もいえんの?いくら才能があっても
ルックスが良くても時間にルーズな人間は世間では
認められへんで!」
後藤はちょっとムッとした顔になったが「すみませーん」
と謝った。
そしてすぐに吉澤や石川のところへ行き、おしゃべりを
始めた。
どうしよう。どうやって後藤を呼び出して話を切り出そうか。
- 冷静になって賑やかかスタジオ内を眺めてみる。
いつもいつも同じメンバーで固まっている事に気づく。
裕ちゃんを中心とする、なっちと矢口グループ。
後藤を中心とする、吉澤、石川グループ。
加護と辻、二人を面倒見るカオリ。
いつも同じ。
- 後藤はメインなんだし、味方に付ければ頼りになるだろう。
でも、この力関係を見ていると、やはりそれだけでは物足りなそうだ。
吉澤は後藤ほど影響力がない。
石川は八方美人な所があるからイマイチ信用がおけない。
そんな事を考えているうちに時間が来てしまった。
- ワイワイガヤガヤと賑やかなまま、メンバーは移動を始める。
そっと後藤にハナシをして見ようかと思った。
それとなく後藤に近づく。
が、しかし、吉澤と石川が離れない。
今の段階で怪しまれるのはマズいか。
そう思ってそのまま何も無かったかのように移動した。
- 本番が終わった。
- 後藤は吉澤とずっとくっついていてなかなか離れなかった。
- 仕方ない…時間も無い。
- 私はそれとなく後藤に近づいた。
- 「後藤…ちょっと話しがあるんだけど。付いてきてくれる?」
- 私はそう言って後藤の返事も待たずに歩きだした。
-
-
- 「圭ちゃん、移動まで時間がないよ。一体何?」
歩きながら後藤は後ろから話しかけてきた。
その声には苛立ちが感じ取れた。
私は、突然立ち止まり、後ろを振り向いた。
後藤と吉澤は立ち止まった私に驚いた顔をした。
だいぶ楽屋からは離れた。
ここは廊下だが、むしろここで話した方が怪しまれないだろう。
- 色々な人が訝しげな顔をして私達を見て歩き去る。
私は廊下の端に寄った。
後藤と吉澤も同じように端に寄った。
「で、なんなの?」
後藤は話しを急かすように言った。
「あのさ、後藤、裕ちゃんの事どう思う?」
私の質問に後藤は眉をひそめた。
- 「どう思うって?」
後藤は逆に聞き返してきた。
「正直にさ。好き?嫌い?」
後藤は私の質問にさらに表情を厳しくした。
そして、一瞬吉澤の顔を見て、黙った。
「私はね、裕ちゃんムカつくんだけど」
- 私の言葉に驚いた顔をする吉澤。
後藤は表情を変えなかった。
そして、ようやく後藤が答えた。
「…後藤も同じだよ」
「っていうか何様?って感じ」
後藤は突然壊れたダムから水が溢れ出すかのように、話しが止まらなくなった。
- 後藤は、しだいに興奮しはじめ、声がどんどん大きくなっていった。
「裕ちゃんなんて早く辞めればいいのに!」
後藤の大声で通りすがりの人々がこちらを見る。
「後藤、落ちついて」
私は後藤がここまで興奮するとは思ってなかった。
いや、しかし、むしろ好都合になったと思った。
- もう、後藤を説得するまでもない。
私は内心ホッとした。後藤は確実に味方。
しかし、隣に居て後藤の様子をじっと見ていた吉澤はあまり優れない顔をしていた。
というより、その表情には不快感が感じられた。
「吉澤?」
私はそっと話しかけてみた。
吉澤は私を見たあと、後藤の方を向いていった。
「言いすぎだよ…」
- 「何が?」
後藤も表情を厳しくして吉澤に問う。
「いや…いくらなんでも、リーダーなんだし」
後藤は顔を真っ赤にして吉澤に詰め寄った。
「リーダー?ただ単に一番年上ってだけじゃん」
私は二人が決裂するのはマズいと思い、仲裁に入ろうとした。
しかし、二人の目には私は映っていないようだった。
- 「いくらごっちんでも、ちょっと言い過ぎだよ!」
吉澤は語気を荒げた。
後藤と吉澤は今にもつかみ合いになりそうな雰囲気だった。
「じゃ、何?よっすぃーは裕ちゃんの味方するワケ?」
「味方とかじゃなくて!」
「味方してるじゃん!!」
私は興奮する二人の肩を力いっぱい掴んだ。
- 「やめろ!」
私は怒鳴った。
二人は私の方を向いて黙った。
「もう時間だし、行こう。このハナシはまた…」
私はそう言って二人を歩かせようとした。
後藤と吉澤の二人は目も合わせない。
「いくらごっちんでも、付いていけないよ」
吉澤は吐き捨てるように言った。
私は二人の肩を掴んだまま、廊下をまたもとの方向へ歩き出した。
- 楽屋に戻る。
私と後藤、吉澤が出ていった事に誰も気づいていないようだった。
いつもの事…だが、今回は気づかれなくてむしろ助かった。
後藤と吉澤はそれぞれバラバラに別れて荷物をまとめ始めた。
誰もこの二人の様子がおかしい事に気がつかない。
いつも仲良く一緒なのに。
なぜ気づかないのだろう?
- それはずっと分かっていた事。
みんな、自分が一番可愛いから。
他人の事なんて気にしてないから。
仲間なのに。チームなのに。
そう考えたら悲しくなってきた。
私は、楽屋の隅で一人荷物を片付け始めた。
- 移動の声がかかり、それぞれ荷物を持って楽屋を後にする。
裕ちゃん、なっち、矢口…。
辻に加護にカオリ。
石川。
吉澤。
後藤。
石川はやっと異変に気づいたようだった。
- 憮然とした表情で一人楽屋を後にする吉澤。
まだそこにいる後藤。
石川は何も会話を交わさない二人に戸惑い、オドオドとした表情で楽屋を一人後にしていった。
私は楽屋に残った後藤のところへ行った。
「さ、行くよ」
後藤の手を引き、楽屋の出口へ引っ張る。
後藤はゆっくりと歩き出した。
- 下を向いたままの後藤。
そっと後藤の顔を覗くと、後藤は唇をかみ締め、目にはうっすらと涙を浮かべていた。
私は何も言えず、ただ後藤の手を引いて移動を待つ車まで歩いていった。
信じていた友達に裏切られた?
後藤は…そんな気持ちなんだろうか?
今までの後藤と吉澤の仲の良さを見てきただけに、裏切られたと思う後藤のツラさもよく分かるような気がした。
私達を乗せた車はゆっくりと移動しはじめた。
誰も後藤の様子に気づかない。
私は…窓の外を眺めていた。
- =====================================
- 次の日、私がスタジオ入りすると、珍しく後藤が先に居た。
ぽつんと一人、楽屋の隅に隠れるように。
「おはよう」私が挨拶すると後藤は無言で立ち上がり、私に近寄ってきた。
そしてすぐそばまでやって来て、小声で呟くように言った。
「加護ちゃんに話してもイイ?」
私は小さく頷いた。
- 私は荷物をいつもの自分の場所に置いて、すぐそばにあった椅子に腰掛けた。
後藤はその様子をじっと見ていた。私は後藤を手招きして、椅子に座らせた。
私は後藤の顔をじっと見ながら、一つ深呼吸をしてから話し始めた。
「なんで…加護なの?」
後藤は下を向いたまま、小さな声で答えた。
「もっと協力者が必要でしょ?」
「加護ちゃんは一応、後藤の弟子だし」
「小うるさい裕ちゃんとかカオリの事嫌ってるし」
「事務所からも期待されてるし、強力な助っ人になると思う…」
- 「なるほどね」
私はそう言って椅子に深く腰掛け、腕組みをした。
後藤と加護。「I WISH」の時のメイン二人。
確かに仲間に引き入れれば力強いかもしれない。
でも…あの加護がそう簡単に納得してくれるだろうか?
「大丈夫だよ。まかせて」
後藤は私の表情から察したのか、そう言った。
- 「自信あるの?」
私がそう聞くと、後藤は首を横に振った。
「無いの?」
私は少し呆れたような声を出した。
すると、後藤は突然厳しい表情で私を見た。
「このままじゃ引き下がれないし」
小さな声ながら、その言葉には強い意志が感じられた。
私は、その言葉の後ろに吉澤の姿が見えたような気がした。
- 「よっすぃーはどうするの?」
私は何度と無くその言葉を言おうとしたが、そのまま言えなかった。
後藤と吉澤がケンカしたままなのは良くないと思った。
が、しかし、後藤がこれだけやる気になっているのも吉澤との事があるからだろう。
さらに後藤に火をつけるべきか?
それとも…やっぱり吉澤との仲を仲裁すべきか?
「圭ちゃん、後藤は行くね」
後藤の声に我に帰った。
気がつくと、楽屋にはすでに他のメンバーも居た。
後藤は楽屋を一人出ていった。
- 収録は何事も無く終わった。
いつものように楽屋に戻る。
メンバーがいつものように騒がしくしている。
私は…何も言わずそっと楽屋に入り、自分の荷物がある場所まで行った。
誰ひとり、私の様子に気がつかない。
いや…ひとりだけ。
吉澤が私の方を見てた。目が合った吉澤はすぐに目をそらした。
- 吉澤が私を見てた事でやっと気づいた。
楽屋に後藤と加護、辻がいない。
吉澤は、気づいていたに違いない。
何を話すために後藤が加護を呼び出したかも。
私は迷った。後藤のところに行くべきか?
しかし…それではあからさまだろうか?
- 結局、私はそのまま楽屋にひとり居た。
ちょこちょこ吉澤が私の方を見ていたが、気づかないフリをした。
ここで後藤の元へ行くと、ハッキリと吉澤に何を話しているのか教えるようなものだ。
無関心を装う方が得策だと判断した。
吉澤は…私にとって爆弾のような存在になってしまった。
- 今日はもう仕事は無い。
みんなそれぞれ仕度が出来ると楽屋を後にしていく。
吉澤も、石川と共に帰っていった。
帰り際に私を一瞥して。
私は吉澤の視線に気がついてはいたが、気づかぬフリをしていた。
楽屋には、私と、三人の荷物だけが残った。
- 私は静かになった楽屋で一人、三人の荷物番をしていた。
後藤と加護と辻。この三人がいないにもかかわらず、さっさと帰ってしまうなんてなんてリーダーだろうか。
私はそう考えると腹立たしくなってきた。
私はそんなリーダー認めない。
認めたくない…
- じっと黙って目を瞑っていると、ドアの開く音が聞こえた。
私がドアの方を向くと、そこには辻が立っていた。
辻は私には目もくれずに自分の荷物の方へ歩いていった。
「辻?」
私が声をかけると、辻は私の方を睨み、荷物を持って足早に立ち去っていった。
何が起きたのか分からないままその場で呆然としていた。
- すると、次は加護がやってきた。
加護は明らかに怒っている表情だった。
加護はドタドタと走って部屋にやってきて、荷物を持ってまた、走り去った。
私はあまりの勢いに話しかける事も出来なかった。
一体何が起こったのだろう?
後藤は?
- 私は立ち上がり、楽屋のドアを少し開けて、外を覗いてみた。
すると、後藤が肩を落とし、俯きながら歩いてきた。
私はドアを全部開け、外へ出た。
後藤は私に気がついて、顔を上げて立ち止まった。
その顔には、後悔とも悲しみともとれる表情が浮かんでいた。
「後藤…」
私は後藤を手招きし、楽屋に入れた。
- 後藤を楽屋に入れると、私はそっとドアを閉めた。
私は後藤を椅子に座らせ、自分もその横に座った。
「後藤…いったい何があったの?」
私はそっと、優しく聞いてみた。
後藤は俯いたまま、ゆっくりと話し始めた。
頭の中で内容を整理しながら話しているようだった。
- 「加護ちゃんと、辻ちゃんを呼び出して…例の話を」
私は黙って後藤の話を聞いていた。
「加護ちゃんは、後藤の味方してくれるって…」
「でも、辻ちゃんはそんなの自分勝手だって」
「辻ちゃんは反対だって」
「それで…ちょっと言い争いになって」
- 「そしたら加護ちゃんがキレちゃって」
「ののちゃんは中澤さんに可愛がられてるから、とか言って」
「辻ちゃんもキレちゃって…」
「後藤、止めようとしたんだけど」
「もう、例の話どころじゃなくなっちゃって…」
「ごめん、圭ちゃん」
- 私は黙っていた。
後藤は動揺しているのか、話しにまとまりが無かった。
しかし、大体何が起きたのかは分かった。
じっくりと時間をかけて作戦を練るつもりだった。
しかし…周りどんどん私の思わぬ方向へ走り始めてしまった。
後藤を責める事は出来ない。
すくなくとも…私に同調して、良かれと思ってやってくれた事だ。
- 吉澤は知っていても黙っていてくれた。
しかし…加護と辻はどうだろう?
黙っていてくれるだろうか?
もし…メンバー内に知れ渡ったら、それこそ直接闘うしかないだろう。
私は急に不安になった。
しかし、それを後藤に知られるワケにはいかない。
私が不安になったら、私を信じている後藤にも迷わせてしまう事になる。
私はたちあがった。
- 「もうイイから…今日は帰ろう」
私は後藤の肩に手をかけた。
後藤は、俯いたまま小さく頷いた。
私達は、そのまま無言で荷物を片付け、楽屋を後にした。
明日…吉と出るか凶と出るか。
覚悟だけはしておこうと思った。
- 朝、いつものように家を出た。
そして、いつものようにスタジオに入った。
ドアを開けると、メンバーのほとんどが揃っていた。
私は、自分の荷物を自分の場所に置き、そっと全員を見廻してみた。
いつもと変わらない…。
私は少しほっとした。
- 私がいつものように、MDを手に取り、椅子に深く腰掛けると辻がやってきた。
「保田さん…ちょっと」
「何?」
「あの…ここではちょっと」
辻は他には聞こえないよう、とても小さな声で言った。
私は手に取ったMDを机に置いて立ち上がった。
そしてドアを開け、楽屋を出た。
辻が、後ろをついてきた。
- 少しばかり歩いたところで私は立ち止まり、振りかえった。
辻も、私に合わせて止まった。
辻は下を向いたまま、おどおどした様子だった。
「どうしたの?辻」
私は何も知らないフリをして、辻に話しかけた。
「その…あの…昨日、後藤さんに聞いたんですけど…」
辻は俯いたまま小さな声で話し始めた。
- 私は腕組みし、そのまま黙っていた。
「保田さんがリーダーを乗っ取る、つもりって本当なんですか?」
私は少しばかり驚いた。
確かに…裕ちゃんとなっちを追い出そうとは思った。
しかし、自分がリーダーになる、とは思っていなかった。
ただ…追い出したいだけだった。
- しかし、それでもそのまま黙っていた。
「それを聞いて昨日は動揺しちゃって…」
辻は相変わらず俯いたままだった。
「今日、スタジオに入ってからずっと亜依ちゃんに無視されてて」
「辻はどうしたらいいのか…」
「中澤さんは、やっぱり良くないですか?」
- 私は一つ大きく息を吐いた。
「良いか良くないかは人それぞれかもしれないけど」
「でもね、実際嫌ってる人もいるの」
「それに・…差別とか、そういう事するリーダーってどう思う?」
私は逆に辻に聞いてみた。
辻は、少しばかり考えた後、小さな声で答えた。
「良くない、と思います…」
- 辻はそのまま黙ってしまった。
沈黙の時間が流れた。
私はもう一つ、大きく息を吐いた。
「辻ちゃん達はね、まだ新しいから分からないだろうけど」
「私やさやか、矢口なんかは長い間虐められてたの」
「後藤はなっちに…」
- 辻はようやく顔をおこした。
「でも、矢口さんは」
「矢口はね、ああいう性格だからね。虐められて、より前へ出ていくようになったの」
私は辻の言葉を遮って話を続けた。
「私とさやかはね…ずっと酷い目にあってきた」
「後藤もね」
- 「プッチ結成が決まったときはそれは三人で喜んだよ」
「モーニング娘。…いや、裕ちゃんとなっちを見返してやろう、って」
「でも、それでますます事態は酷くなるしね」
私はそこまで言って、大きくため息をついた。
壁によりかかり、天井を見上げた。
白い天井が見えた。それと、蛍光灯の光。
辻は、黙っていた。
- しばらく沈黙が続いた。
誰もここを通らない。
機械の不気味な音と、遠くから聞こえる話し声だけが聞こえる。
私は天井から辻に視線を移した。
辻はじっと私の方を見ていた。
そして、目があうと驚いたように目を泳がせた。
- 「分かってくれとは言わないけど…」
私はそう言って壁から背を離した。
そして、腕組みをやめ、そのまま歩き立ち去ろうとした。
「ま、待ってください」
辻は今までで1番大きな声で私を呼びとめた。
私はそのままそこで立ち止まった。
- 私は黙って辻の言葉を待っていた。
しかし、いつまでたっても下を向いたまま話さない。
「何?」
私はしびれを切らして口を開いた。
「あの…その…」
辻は今にも泣き出しそうな声でようやく話しはじめた。
- 「辻は…どうしたらいいんでしょう」
「どうしたらって…辻ちゃんはどうしたいの?」
そう言うと辻は黙って首を横に振った。
「分かりません…」
辻はがっくりと肩を落とした。
そして泣き始めた。
- 「辻ちゃんは私と後藤の話をどう思うの?」
「分かりません…」
辻はそう言って泣くばかりだった。
私は少しばかり黙って考えた。
どう言ったら1番良いのだろう?
- 「あっ」
背中の後ろから声がした。
私が振り返るとそこには加護が立っていた。
「加護…」
加護は私、いや、辻の姿を見ると後ずさりしはじめた。
「ちょっと待って…」
泣いていた辻が、加護を呼びとめた。
- 「亜依ちゃん…無視しないで」
辻はそう言ってますます泣きはじめた。
加護は辻の言葉が苦しそうに、唇をかみ締め俯いた。
私は二人の間に立った。
そして二人をそれぞれ一瞥した。
「お願い。二人とも私について来て欲しい」
- そう言うと、加護は小さく頷いた。
辻は…まだ悩んでいるようだった。
「辻ちゃん!」
加護が大きな声で辻を呼んだ。
辻は、その声ではっとした表情をしながら顔を上げた。
そして、ゆっくりと頷いた。
- 「辻ちゃん…分かってくれたん?」
加護が辻の元に歩み寄った。
私は、二人の間から身を逸らした。
辻は泣きながら、二回、三回と首を縦に振った。
「良かった!きっと分かってくれると思ってた」
加護はそのまま辻に抱きついた。
- そして、仕事もそのまま何も無く終わった。
加護と辻は今まで通り…いや、元に戻った。
私は少しほっとして、後片付けを済ませて帰ろうとした。
「お疲れ」
私は誰も聞いていない事は分かっていながらも、挨拶をして楽屋を出ようとした。
加護と辻のバカ騒ぎを背中で聞きながら。
- 「梨華ちゃん!待ってよ」
楽屋を出ようとする私を追い越して吉澤が石川を追っていった。
そういえばここ最近、吉澤は石川とばかり居るような気がする。
私は…急に不安になった。
視線を感じて後ろを振り返った。
そこには、怒りと悲しみが入り混じった顔をした後藤がいた。
- 「後藤…」
私は何か話しかけようとしたが、そのまま動けなかった。
後藤はそのまま振り向き、また楽屋の方へ戻っていった。
寂しそうな後ろ姿。
後藤は、親友を失ってしまったのだろうか。
吉澤は、本当に後藤に愛想尽かせてしまったのだろうか。
後藤にかける言葉も無く、私はまた振りかえってスタジオを後にした。
- 家に帰っても、私は後藤の事が頭から離れなかった。
私が…余計な事を言ってしまったのかもしれない。
そのまま、私だけが我慢していれば何も起こらなかったのかもしれない。
私の事を信頼してくれているからこそ、後藤を傷つけたかもしれない、という事が私に重くのしかかった。
しかし、今更撤回出来るだろうか?
後藤や加護が、納得するだろうか。
逆に、それこそ裏切る事にならないだろうか。
- 考えても考えても答えは出てこない。
私は、思い切って吉澤に電話してみる事にした。
携帯電話を持ち、メモリーを呼び出す。
発信ボタンを押す。
なんて言って切り出せばいいのだろう。
- 呼び出し音が長く続いた。
私は、やっぱりやめておこうか迷った。
耳から携帯電話を離したりつけたり。
やっぱりやめよう。
私は電話を切ろうと「切り」のボタンを押そうとした。
その時、電話の画面が変わった。
「通話」と表示された。
私は慌てて電話を耳につけた。
- 「もしもし?」
電話の向こうで吉澤の声がした。
「保田さん?どうしたんですか?」
心無しか殺伐とした感じで話す吉澤。
「あ…いや…」
私はどうやって切り出すのか困った。
- 「…なんですか?」
吉澤の声はイライラしているように聞こえた。
私は意を決して話を切り出した。
「あのさ、後藤の事なんだけど」
電話の向こうの吉澤は無言になった。
マズかったか…。
私は少し後悔した。
- 「よっすぃーさ、後藤の事…」
私がそこまで言うと、吉澤は私の言葉を遮った。
「ち、違うんです」
「違う?」
「私は…ごっちんに考え直してもらおうと」
「それなら、話し合ったほうが」
「そうですよね…」
- 私には吉澤が一体何を考えているのか分からなかった。
「なら、なぜ後藤を避けて石川とばかり仲良くするの」
私は、はっきりと知りたかった事を聞いてみた。
「それは…梨華ちゃんと仲良くすれば、ごっちんも寂しくなって考え直してくれるかと」
私は吉澤の考えを聞いて驚いた。
そして、一言だけ答えた。
「間違ってるよ…それは」
- 吉澤は私の言葉を聞いて無言になってしまった。
「それは…あてつけも入ってるんでしょ?」
私がそう聞いても答えない吉澤。
「私が言うのもなんだけどさ…火に油だよ」
吉澤は何も答えなかった。
「よっすぃー…」
- そして、突然電話は切れた。
いや、吉澤が切ったのだろう。
「ツー、ツー」という音が虚しく響いた。
私は電話を耳から離した。
そして電話を見つめながら考えた。
もう一度電話しなおすべきだろうか。
吉澤をちゃんと説得すべきだろうか。
- すると、突然電話の照明がついて、着信音が鳴った。
画面には、後藤の名前が表示された。
私は反射的に通話ボタンを押して電話を耳につけた。
「圭ちゃん?」
電話の向こうから後藤の声が聞こえた。
なのに、私は頭が混乱して、何も声が出なかった。
- 「圭ちゃん?」
再度後藤は私に呼びかけてきた。
「え?あ、何?」
私はどう受け答えしていいか分からず、はっきりしない返事を返した。
「圭ちゃんどうしたの?」
「い、いや?何でも無いけど?」
何でも無いワケがない…吉澤の事が頭を回っていた。
- 「ま、いいや」
後藤は私の動揺を知ってか知らずか、そのまま話しをすすめていった。
「あのね…加護ちゃんと辻ちゃんと話したんだけど」
「明日…計画実行するから」
「まかせてね」
私は後藤の話しに驚いてその場に立ちあがった。
「計画?って?」
- 「大丈夫。まかせて」
後藤は私の質問には答えなかった。
「ちょ…何するつもりなの?」
私は胸騒ぎがした。
「後藤はね…絶対やるよ」
「よっすぃーにも分からせてやりたい…」
私はだんだん目の前が暗くなるような気がした。
- やっぱり後藤は吉澤の事で逆上していた。
吉澤の考えは…裏目に出てしまった。
「ちょっと!後藤待ちなさい!」
「何?」
私は呼びとめたはいいが、その後なんて言っていいのか迷った。
頭の中で色々な言葉が浮かんでは消えた。
- 「圭ちゃん、もう切るね。これから加護ちゃんに電話しないと」
しばらくの沈黙のあと、後藤の声で私は我に帰った。
「あ…後藤」
私が喋るのと同時に電話は切れた。
また、虚しく「ツー・ツー」という音が流れた。
私は今度は急いでリダイアルしてみた。
話し中…。
何度かけなおしても話し中になったままだった。
- 時間をあけて電話をかけ直してみた。
「電源が入っていないか…」
私はそのメッセージを聞いて諦めた。
胸騒ぎがした。
後藤は何を考えているのだろう。
もう…私の手におえない事態になってしまったのだろうか?
- …気がつくと朝になっていた。
色々考えたりしているうちに朝になってしまったようだ。
いつ眠ったのかもよく分からない。
とにかく…今日も、スタジオへ仕事に行かなければならない。
何が起こるのか。
私は不安を抱きつつ、出かける準備を始めた。
- スタジオにつき、いつもと同じように楽屋に入る。
私は入ってすぐに後藤の姿を捜した。
…いた。
私は荷物を置いて後藤の元へ歩いて行った。
後藤に何を考えているか聞きたかった。
もし、何か考えているのなら…手遅れにならないうちに止めたかった。
- 「後藤?ちょっといい?」
私は後藤の手を掴んだ。
「あ、圭ちゃんおはよ」
後藤はいつもと何も変わらない様子だった。
「どうしたの?」
私の態度にむしろ不思議そうな顔をする後藤。
私が先走っているのだろうか。
何も、無いのだろうか。
- 「後藤!加護!ちょっと来い」
突然、裕ちゃんの怒号が響いた。
楽屋にいる全員が裕ちゃんの方を向く。
私は、後藤の表情を伺ってみた。
心なしか緊張しているような…。
やっぱり何かあったのだろうか。
- 後藤と加護の二人が裕ちゃんの元へ歩いていく。
いや、メンバー全員が1箇所に集まる。
裕ちゃんと、なっち。
後藤と加護。
それを残ったみんなが取り囲んだ。
空気が張り詰めた。
ただならぬ雰囲気…みんながそれを察したのか、それぞれ緊張の面持ちだった。
- 裕ちゃんは手に持っていたジュースのペットボトルを後藤に差し出した。
「後藤、飲んでみ」
後藤の表情はみるみる強張っていった。
後藤は、裕ちゃんの手からペットボトルを取った。震える手で。
そして、キャップを開けて口に運ぼうとした。
しかし…そのまま手を離してペットボトルを床に落とした。
ジュースが、床に飛び散った。
- ころころと床を転がるペットボトル。
後藤はそれをじっと見ていた。
まるで凍ったように。
私は一体何がなんなのかさっぱり分からなかった。
「飲めへんのか?」
裕ちゃんは後藤を睨み、小声で言った。冷たい声で。
- 「なんで飲めへんのや!?」
今度は大声で怒鳴る裕ちゃん。
後藤は何も答えなかった。
「これは何?」
なっちがもう一つペットボトル…いや、プラスチックの容器を見せた。
白い半透明の容器。
私はその容器に書いてある文字をよく見てみた。
- 全員がざわざわと騒ぎだした。
私は信じられなかった。
容器には…「農薬」と書かれていた。
なんど見ても農薬だった。
「なんで…これが裕ちゃんのジュースの中に入ってるの?」
なっちは淡々とした口調で後藤に問い掛けた。
後藤は、何も答えなかった。
- 「後藤!何考えてるんや!」
バシッという凄い音がした。
裕ちゃんの手が、後藤の頬を叩いた音だった。
「こんな事して…殺人だよ?」
なっちは裕ちゃんとは対照的な静かな声で話した。不気味なほど。
「辻ちゃんが教えてくれなかったら…」
- 「う、裏切ったんか!」
それまで黙っていた加護が急に大声を出した。
「辻ちゃん!裏切ったん!?なんでや!」
加護は狂ったように騒ぎだした。
加護は今にも辻に飛びかかりそうな勢いだった。
加護のすぐそばに居た矢口が加護を羽交い締めにした。
- 「辻ちゃん!なんでや!」
辻は、俯いたままゆっくりと答えた。
「だって…こんな事したら…犯罪者だよ…」
「亜依ちゃんも後藤さんも犯罪者になっちゃうよ」
「そんなの嫌だよ…」
「ごめん亜依ちゃん」
そこまで言うと辻は急に泣き出した。
- 声をあげて泣く辻。
それを見た加護は急に黙ってしまった。
そして誰も何も言わなくなった。
沈黙。
ただ、辻の泣き声が楽屋に響いた。
- 「後藤…どうしてこんな事したんや」
裕ちゃんが静かに沈黙を破った。
後藤は下を向いたまま何も答えなかった。
「答えられんのか?」
「どうなんや!」
耳が裂けるかと思うほど大きな声で裕ちゃんは怒鳴った。
後藤は…黙っていた。
- 「ちょっと待ってください!」
突然裕ちゃん以外の声がした。
全員が声の主を見る。
「ごっちんは…そんな事する子じゃありません!」
声の主は吉澤だった。
「きっと何かの間違いです」
- 「じゃあこの農薬はなんや!」
「この農薬は間違いなんか!どうなんや!」
裕ちゃんの怒号に吉澤は何も言い返せなくなった。
「よっすぃー…」
後藤がようやく口を開いた。
目に涙を浮かべながら。
- そしてまた、沈黙が訪れた。
後藤は…私を信じていてくれた。
だからこそ、私に賛同し、協力してくれた。
どこからか、歯車が狂いはじめたとしても、後藤が私の味方をしてくれていたのには違いない。
私が何も言わなければ後藤もこんな事にならなかっただろう。
私は…後藤に何をしてあげられるだろう?
何をすれば良いのだろう?
- 私は1歩前へ出た。
そう、丁度後藤と裕ちゃんの間に入るように。
「私が…すべて仕組んだ事なの」
「私が、後藤に無理やりやらせた」
私がそう言うと裕ちゃんは驚いた顔をした。
「なんでや?」
- 「私は裕ちゃんとなっちが憎いから。それだけ」
ずっと泣いていた辻が急に静かになった。
「ほんまか?」
裕ちゃんは辻に問い掛けた。
辻はおろおろして…何も答えられなかった。
「本当だよ!」
私は叫んだ。
- 「こんな事して…どうするつもりやねん」
裕ちゃんは私を睨みつけながらそう言った。
「もちろん、責任はとるよ。娘。を辞める」
「後藤には何の責任も無いからね…この子は私の言う通りにしただけ」
回りが騒がしくなる。
辞める、と言った事に反応したのだろう。
しかし…私はもう後戻り出来ないという事は分かっていた。
- 「いやぁ!」
突然後ろから大きな声がした。
そして、後藤が私を後ろから抱きしめてきた。
「いやぁ…圭ちゃん…そんなぁ」
見えなくても分かった。後藤が泣いている事に。
私は後藤の手をそっと握った。
「さようなら」
私は一言だけ、そう言った。
- ======================================
- 「いらっしゃいませー」
私はマクドナルドでバイトを始めた。
モーニング娘。の私は終わってしまったけれど、夢は終わっていない。
モーニング娘。で得たお金とバイト代を貯めて、私はアメリカへ行こうと思う。
夢を実現するために。
もう一度やり直すために。
- 結局あの事件はメンバー内だけで止まったようだった。
事務所にも事件の話は行かなかった。
裕ちゃんの計らいなのか…私には分からない。
後藤も加護も、そのまま残った。
私は、「体調不良」を理由にモーニング娘。を脱退した。
でも、後悔はしていない。
まだまだ、これからがあるから。
きっと、夢は実現するから。
必ず。
- 私がいつものようにカウンターに立っていると、帽子を深く被った怪しげな人物が入ってきた。
キョロキョロとあたりを見まわし、私の姿を見ると…まっすぐこっちへ歩いてきた。
「いらっしゃいませ」
私がそう言うと、その人物は顔が見えるように帽子を上げた。
「…後藤」
私は突然の訪問者に驚いて動けなくなった。
そんな私の姿を見て後藤はにっこりと笑った。目にはうっすらと涙を浮かべて。
- 「プッチモニバーガー下さい」
後藤は小さな声でそう言った。
私はにっこりと笑いながら答えた。
「そんな物無いわよ!」
終
- この小説を我が友人に捧ぐ
- Topへ