にわとり
「安倍なつみは、昨日付けで引退になりました」
マネージャーの突然の言葉にメンバー全員が動揺した。
「な・・なんでですか?」
中澤がマネージャーに問いただした。
「本人の意思でね」
「本当なんですか?」
マネージャーは小さく頷いた。
 

メンバー達は困惑していた。
「一体何があったんですか?」
矢口が聞いた。
「本人の意思。それだけ」
マネージャーはそう言って行ってしまった。
メンバーの騒ぎはいつまでも収まらなかった。

安倍は少し長い休みの途中だった。
体調を崩していたのは全員が知っていた。
病院へ通っている事も知っていた。
だが、誰一人としてその理由は知らなかった。
そして、突然の引退。
メンバー間で色々な憶測が流れていた。
 
19 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 19:57
「まさか・・死んじゃったとか?」
「縁起でもない事言わないで!」
仕事中だと言うのに混乱が続いていた。
中澤が携帯に電話してみたが、留守電になるだけだった。
「ねぇ、裕ちゃん。帰りになっちの家に行ってみない?」
矢口が中澤に言った。
中澤は頷いた。
 
20 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:01
仕事が終わると中澤と矢口の二人は安倍の家に寄ってみた。
インターホンを押した。
「・・・・誰も出ないね」
中澤と矢口は入り口でぼんやりと立っていた。
「入れないんじゃ仕方ないね」
矢口が呟いた。
 
21 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:06
「帰るか」
中澤はそう言って矢口と別れた。
安倍がどうなったのかは確認出来なかった。
そのまま・・・安倍の居ないモーニング娘。の活動が続いた。
誰もが疑問に思ったが忙しさのあまり深く追求できなかった。
時はあっという間に過ぎていった。
 
22 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:07
=====================================
 
23 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:12
石川は駅のホームで電車を待っていた。
「もうこんな時間・・早く帰らなきゃ」
時計を見て焦る石川。
電車の来る方向をじっと見つめていた。
「待ってる時は時間が長いなぁ」
そんな事を考えていた。
 
24 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:14
明るいライトが二つ見えて、電車がやってきた。
石川はゆっくりと前へ出た。
電車がまもなく目の前に差し掛かろうとする時、石川の横を誰かがすり抜けた。
「あ・・・危ない!」
石川はとっさに飛びだし、手を掴んだ。
そして力いっぱいひっぱった。
 
25 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:18
電車の警笛が鳴り響いた。
石川のすぐ横を電車は凄い勢いで通り抜けた。
そして電車はゆっくりと減速し、止まった。
回りの人々は冷たい視線で二人を眺めていた。
石川の心臓は今にも止まりそうだった。
 
26 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:22
駅員が血相を変えて走ってきた。
「ケガは無いですか?」
息を切らしながら駅員は石川に言った。
「わ、私は大丈夫です」
駅員はもう一人にも同じ事を言った。
石川はようやく落ち付きを取り戻してきた。
そして飛びこもうとした人をよく見てみた。
 
27 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:25
その人は深く帽子を被っていて顔はよく見えなかった。
石川が顔を覗こうとすると顔をそむけた。
「ケガは?」
駅員はもう一度聞いた。
その人は何も言わなかった。
「とにかく、来て下さい」
駅員はそう言って二人の手を掴んだ。
電車は行ってしまった。
 
28 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:31
駅員室らしき部屋に通された二人はそれぞれ椅子に座らされた。
何人かの駅員が二人を取り囲んだ。
「まったく・・・もう少しで大変な事に」
駅員達は呆れ顔で二人を見ていた。
「何があったか知らないですけど・・・無茶しないでください」
駅員の言葉にその女の人は何も言わなかった。
返事がない女の人を駅員達は冷たい眼で見ていた。
 
29 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:35
「あの・・・」
石川が口を開いた。
「もう、許してあげてください」
駅員達は石川の言葉を聞いて、顔を見合わせた。
「いいでしょう。この人の顔に免じて」
「ちゃんとお礼を言ってくださいね」
駅員は怖い顔で女の人に言った。
女の人は何も言わず俯いたままだった。
 
30 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:38
石川達はようやく解放された。
女の人は走って逃げ様とした。
「ちょ・・待ってよ!」
石川は手を掴んだ。
「一体何があったの?」
 
31 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:40
女の人は突然その場に座りこんだ。
「あ・・・あの」
石川は驚いて手を離した。
女の人は何も言わず、泣いているようだった。
石川もその場に座った。
そして、そっと帽子を上げてみた。
 
32 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:43
「あ・・・安倍さん!?」
石川は驚いて尻餅をついた。
「な・・どうしたんですか?」
安倍は何も言わずに泣いていた。
そして何かを訴えるような表情で石川を見た。
石川は安倍が何を言いたいのか分からなかった。
 
33 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:49
安倍は肩から掛けていたバッグからごそごそと何か取り出した。
それはメモ帳とペンだった。
そして何かを書き出した。
石川は座り直して、その姿をじっと見ていた。
安倍は、書き終わるとメモ帳を石川に見せた。
 
34 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:51
(声が出ないの。ごめんね)
メモ帳にはそう書いてあった。
「え?声が出ない?」
石川は安倍の顔を見た。
安倍は小さく頷いた。
「どうしてなんですか?」
 
35 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 20:54
安倍はまた何かを書き出した。
(話せば長い)
石川はそれを見て唸ってしまった。
しばらく沈黙があった後、石川はふと時計を見た。
「あ!もうこんな時間!」
石川は大声を出して立ちあがった。
 
36 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 21:00
安倍が石川の服の裾を掴んだ。
石川がそれに気づくと、安倍は手を離してまた何か書き始めた。
(りかちゃんの家に行っていい?)
石川はそれを見て考え込んだ。
安倍はまた何かを書いてみせた。
(なっちには行くところがない)
それを見た石川は仕方なく答えた。
「いいですよ」
 
37 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 23:22
石川の家に行くまで二人の間には沈黙が続いた。
安倍は以前とは比べ物にならないくらい小さくみえた。
明るく甲高い声はまったく聞こえない。
輝くような笑顔は見る影もない。
ただただ小さく、悲しそう。
石川は声をかける事も出来なかった。
 
38 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 23:32
「着きました・・」
石川はそう言って後ろを付いて歩いてきた安倍に振りかえった。
安倍は何も言わなかった。
石川はゆっくりとドアを開けて家に安倍を招き入れた。
「どうぞ」
石川は安倍が入った後自分も入りドアを閉めた。
 
39 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 23:40
部屋に入り、石川は安倍に椅子を勧めた。
安倍は頷いて椅子に座った。
石川は荷物を置いてそのまま床に座った。
安倍の表情は少し和らいだように見えた。
安倍はごそごそとまたメモ帳とペンを取り出した。
(ありがとう)
「いえいえ、いいんですよ」
石川は両手を振って答えた。
 
40 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 23:51
「それより・・・どうしたんですか?何があったんですか?」
石川が聞くと安倍は俯いて動かなくなった。
「あの、私達突然安倍さんが引退したって聞かされて」
「その後連絡も取れないし、みんな心配してたんですよ」
何も答えない安倍。
「安倍さんの意思で引退って本当なんですか?」
安倍は顔を上げて首を横に振った。
 
41 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 23:54
(それは嘘)
安倍はそう書いて見せた後、続けてメモ帳に書いた。
(なっちはね、ノドの手術を受けた)
(それから声が出なくなった)
(歌えなくなったなっちはお払い箱)
そこまで書いて安倍はまた俯いてしまった。
 
42 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/08(金) 23:57
「そんな・・・」
石川は安倍の告白に驚いた。
「手術って、ノド悪かったんですか?それで病院行ってたんですか?」
安倍は小さく何度も頷いた。
石川はどう声をかけていいのか迷った。
部屋には時計の音だけが響いていた。
 
43 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 00:03
「と・・とにかく、明日一緒にみんなの所へ行きましょうよ」
安倍は首を横に振った。
「どうしてなんですか?」
安倍はまたメモ帳に書き始めた。
(なっちはクビになった)
(みんなにあわせる顔がない)
 
44 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 00:07
「みんな心配してるんですよ・・顔だけでも」
安倍はため息をついてメモ帳を見せた。
(これ以上醜態をさらしたくない)
石川は何も言えなくなった。
(ありがとう)
安倍はそう書いて見せた。
 
 
47 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 22:06
次の日、石川は安倍をおいて仕事に出かけた。
スタジオについてすぐに中澤の元に駆け寄った。
「あの、中澤さん・・・ちょっと話しが」
不思議そうな顔の中澤と他のメンバーがいない所で話しをした。
「なんや?」
中澤は忙しいのか、不機嫌そうに石川に尋ねた。
「あの、安倍さんの事なんですけど」
中澤は安倍の名前を聞いて表情を変えた。
 
48 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 22:08
「なっち?が、どうしたんや」
「はい、あの、今家にいるんです」
「はぁ?」
中澤は石川の言う意味が分からなかった。
「昨日、偶然駅で・・・」
石川は事の顛末を説明した。
安倍が喋れない事も。
 
49 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 22:10
「それ、ほんまなん?」
中澤は信じられないようだった。
「本当なんです」
中澤はそれを聞いて唸ってしまった。
「自殺しようとしてたんか?」
中澤の質問に石川は頷いた。
「ええ・・」
 
50 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 22:15
「ちょっと」
突然の声に二人は驚いた。
二人が声がする方を見るとマネージャーが立っていた。
「その話しはダメ」
マネージャーは厳しい顔をしていた。
「なんでですか?」
「他のメンバーに悪影響があるといけないから」
「他言無用」
マネージャーはキツイ口調でそう言って去ってしまった。
石川と中澤は顔を見合わせていた。
 
51 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/09(土) 22:19
中澤は囁いた。
「今日、行ってええか?」
石川は小さく頷いた。
中澤は目で合図してその場を去った。
石川はしばらくその場で待ってからその場を去っていった。
 
52 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 22:52
仕事が終わった石川は急いで家に帰っていった。
マネージャーに気づかれないよう中澤と大きく時間をずらして帰宅した。
家に帰り部屋を開けた。
部屋には誰もいなかった。
不審に思った石川は母親に安倍がどうしたのか聞いて見た。
「なんだか、飛び出していったけど?」
石川はそれを聞くと部屋へ急いで戻った。
 
53 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 22:56
「中澤さん?」
石川は中澤の携帯に電話をかけた。
「ああ・・・もう少しで着くで」
「いや・・それが、いなくなっちゃったんです」
「はぁ?」
石川はどうしたらいいのか分からなかった。
「とりあえず・・もう着くから」
「分かりました」
石川は電話を切った。
そして家の外へ出て中澤を待っていた。
 
54 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 22:59
10分ほどして中澤が現れた。
「おまたせ。で、出ていってしまったんか?」
「そ・・そうなんですよ」
「荷物は?」
「荷物は・・最初からバッグ一つでした。ありません」
中澤は下を向いて唸ってしまった。
 
55 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:01
「ど・・どうしましょうか」
石川はただただオロオロするだけだった。
「捜すしかないやろな・・・」
中澤は下を向いたまま答えた。
「とりあえず、駅を回ってみるか」
中澤はようやく顔をあげた。
 
56 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:04
「二手に分かれますか?」
「あほ・・こんな時間に一人でうろうろするつもりなんか?」
中澤に言われて石川は黙ってしまった。
「一緒に行くんや」
そう言うと中澤は歩きだした。
石川は黙って後ろをついて行った。
 
57 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:09
とにかく二人は最寄駅から電車に乗って移動しはじめた。
「でも・・・全然どこに居るか分かりませんね」
「駅といっても沢山あるし・・・」
石川の言葉に中澤は何も答えなかった。
険しい顔をしながらじっと外を眺めていた。
石川もそれ以降何も喋らなかった。
二人は無言のまま電車に揺られていた。
 
58 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:13
電車は一つめの駅に着いた。
ゆっくりと減速し、止まった。
ドアが開くと中澤と石川は外へ出た。
キョロキョロと辺りを見回してみたが、それらしい人物は見当たらなかった。
発車ベルが鳴ったので二人は急いで電車に飛び乗った。
「いないですね・・・」
ドアが閉じようとした。
 
59 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:18
「ちょっと待って!」
中澤は突然叫んで閉じかけたドアに体を割り込ませた。
一瞬ドアが中澤を挟んで、また開いた。
中澤は電車を下りて走り始めた。
石川は何が何だか分からずに急いで中澤を追って走った。
階段を飛び降りるように降りる中澤。
パンツルックの中澤に対してスカートの石川は階段で遅れをとってしまった。
 
60 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:21
階段を降りたところで中澤の姿が見えなくなってしまった。
石川は息を切らしながら辺りを見回した。
「なっち!」
大きな声が階段のすぐ横にあるトイレの中から聞こえた。
石川は急いでトイレの中に駆け込んだ。
トイレの中には深く帽子を被った安倍と、安倍の手を掴む中澤がいた。
 
61 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:25
「なっち!隠したって無駄や!」
中澤は周囲を気にせず大声を出していた。
石川は肩で息をしながら二人に近寄っていった。
中澤は空いた方の手で帽子をとった。
「安倍さん・・・・」
石川は悲しそうな顔をしながら安倍のそばに寄った。
「また・・また、死のうとか思ってたんですか?」
 
62 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:29
安倍は俯いたままだった。
「なっち・・・ほんまに死ぬつもりなんか?」
厳しい表情の中澤。
安倍はまったくなんの反応を示さなかった。
「どうなんや!」
中澤の声はますます大きくなった。
安倍は小さく頷いた。
 
63 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:31
「あほぉ!」
バシッっという大きな音がした。
中澤は平手で安倍を殴った。
中澤の目には涙が浮かんでいた。
石川は中澤の気迫に押されて一歩下がった。
「なっち・・・」
中澤は下唇を噛んで泣いていた。
 
64 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/10(日) 23:35
「なんで・・・なんでなんや?」
中澤は小さな声で言った。
安倍は中澤の方を振り向いた。
そして何か口を動かしていた。
声は聞こえなかった。
「なっち・・・」
中澤は安倍を抱きしめた。
 
67 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:19
安倍は一生懸命なにかを訴えていた。
しかし中澤と石川にそれは届かない。
「と、とりあえずここを出ましょう」
トイレに出入りする人達の視線を気にして石川が言った。
「そうやな」
中澤は安倍の手を引きトイレを出た。
三人は電車に乗って石川宅へ戻った。
 
68 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:24
家に着いた時はもう大分遅い時間になってしまった。
三人は石川の部屋に入り、それぞれ座った。
「なっち、どうして死のうなんて思うんや」
中澤は悲しそうな目で安倍を見た。
安倍はメモ帳とペンを取り出し書き始めた。
(なっちは何もかも無くなった)
(もう希望も無い)
安倍は口を動かしながらメモを見せた。
 
69 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:27
石川は必死に安倍の口元を見て何を言っているか理解しようとした。
しかしよく分からない。
それに気づいた安倍が石川の方を見て大げさに口を動かした。
「苦しい、ですか?」
石川の言葉に安倍は頷いた。
中澤は腕を組んでじっと黙っていた。
 
70 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:30
「苦しいのは分かるねんけどな・・・」
中澤が口を開いた。
「だからって死ぬのはやめや」
「死んだら何にもならんのやぞ?」
「そうですよ・・・」
石川も賛同した。
安倍は突然立ちあがった。
 
71 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:33
何かを必死で訴える安倍。
石川はそれを読み取ろうとしたがダメだった。
安倍は座ってメモ帳に書いた。
(なっちの苦しみは理解出来ない)
石川はそれを見て俯いてしまった。
「なっち・・・あのな」
中澤が安倍に話し始めた。
 
72 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:39
「もう二度と声が出ないと確認したんか?」
中澤の質問に首を横に振る安倍。
「なら、まだ希望を捨てるには早すぎるんとちゃうんか?」
安倍は動かなかった。
「モーニング娘。を辞めさせられたとしても、絶対歌を歌い続けられないというワケじゃない」
「もう一度手術を受けてみたらどうなんや?」
 
73 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:42
安倍はメモ帳に書いた。
(そんなお金は無い)
「金の心配はいらんて・・みんなでカンパしあってなんとかなる」
石川が立ちあがった。
「わ、私の全財産使ってもいいですから」
「おれのもな・・出世払で返してもらうから」
安倍は二人の顔をじっと見つめていた。
 
74 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/12(火) 19:48
「みんな、なっちの事心配してるんや」
「矢口とかな・・・毎日なっちの家まで行ってるんやぞ」
中澤は立ちあがって安倍の肩に手をかけた。
「とにかく、まだ諦めちゃあかん」
「そうですよ・・・未来の事なんて分からないじゃないですか」
石川も立ちあがった。
「分かってくれたか?」
中澤の言葉に安倍は小さく頷いた。
そして口をゆっくりと動かした。
「ありがとう」
石川は安倍の口元を見て言った。
 
 
79 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/16(土) 23:55
次の日、石川は安倍を置いて仕事に出かけた。
スタジオにつくとすぐに矢口に呼びとめられた。
「なっち、大丈夫?」
矢口は心配そうな顔で聞いた。
「大丈夫だと思います・・今朝は機嫌が良さそうでした」
矢口は石川の言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた。
 
80 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/17(日) 00:00
「とにかく・・お金の事は裕ちゃんが手配してるから」
矢口は小さな声で話した。
「なんとか・・なるといいね」
矢口はそう言って去っていった。
石川はメンバー全員が協力してくれている事が嬉しかった。
まるで、自分の事のように。
 
81 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/17(日) 00:05
仕事が終わり、石川は上機嫌で家へ帰った。
手術にいくら掛かるのか、果たしてそれだけの金額を集められるのかどうか不安ではあったが、
少なくともみんなが協力してくれている、それを安倍に報告できるのが嬉しかった。
家に着き、部屋のドアを開けると安倍が寝ていた。
安倍を起こさないようにそっと部屋に入った。
荷物を置いて安倍の顔を見つめた。
 
82 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/17(日) 00:12
石川は安倍の寝顔の様子が変な事に気づいた。
寝ている安倍のそばに寄って体を揺すってみた。
「安倍さん?」
安倍は何も反応しなかった。
ふと顔を上げてみるとテーブルの上に少しの水が入ったコップがあった。
嫌な予感がした石川は安倍のバッグを手にとって中を見てみた。
 
83 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/17(日) 00:15
石川は安倍のバッグに入っていた小さなクスリの入れ物を見つけて青ざめた。
「安倍さん!」
必死で安倍の体を揺すった。
まったく反応しない。
石川は慌てて電話機を手に取った。
「す・・すいません、救急車を・・・」
 
86 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:02
安倍と石川の二人を乗せた救急車が病院に到着した。
安倍はすぐに治療室に入れられた。
石川は震える手で中澤に電話をかけた。
「な中澤さん・・・安倍さんが安倍さんが」
「落ち付いて。何があったんや?」
「安倍さんが・・・」
石川は何をどう言っていいのか分からなかった。
 
87 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:05
「深呼吸して」
中澤の言うとおりに石川は深呼吸をした。
「どこにおるんや?」
中澤はゆっくりと落ち付いた声で話した。
「病院です。安倍さんが」
「どこの病院なんや?」
「どこ?どこの病院?」
石川は取り乱していて上手く説明出来なかった。
 
88 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:09
取り乱す石川を見て看護婦が電話を代わってくれた。
電話を切った後、看護婦は「落ち付いて」と言って石川の手を握った。
石川は全身が震えていた。
看護婦に言われるまま椅子に座った。
座っても震えは止まらなかった。
 
89 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:11
しばらくして中澤がやってきた。
息を切らしながら石川のそばに寄る中澤。
石川はずっと縮こまって震えていた。
中澤は石川の隣に座り、手を握った。
「落ち付いて・・・何があったんや?」
石川は震えて声が出なかった。
 
90 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:14
すぐに淡いブルーの白衣を着た医者が現れた。
医者は二人に向って話した。
「大丈夫です」
中澤はほっとため息をついた。
「致死量に達していないので」
「致死量?って?」
中澤は驚いて石川を見た。
 
91 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:18
「私は何にも分かりません。ただ安倍さんが」
石川はまだ動揺していて話の辻褄が合わなかった。
医者が代わりに説明した。
「いわゆる、睡眠薬です」
中澤は呆然と医者を見つめた。
「すぐに回復すると思います」
医者はそう言って立ち去っていった。
 
92 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:21
「大丈夫やて」
中澤は石川に言った。
「なっちのところへ・・・」
そう中澤が言ったところで石川は激しく首を横に振った。
「私は私は・・・待ってますから」
石川は目に涙を溜めていた。
中澤は石川の手を離し、立ちあがってゆっくり歩いていった。
石川は一人恐怖で震えていた。
 
93 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/18(月) 21:25
中澤はすぐに戻ってきた。
「よく眠ってるわ」
中澤は石川を手を掴んで立ちあがらせた。
「もう遅いから帰るんや。ええな?」
中澤に手を引かれて石川はタクシーに乗せられた。
そしてそのまま帰宅した。
 
98 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/19(火) 22:53
次の日、石川は仕事を休んだ。
昨日のショックが抜けきれないままだった。
部屋には安倍のバッグが置きっぱなしになっていた。
石川は怖くてバッグを触る事が出来なかった。
安倍に会いに行こうかとも思ったがやはり出来なかった。
石川は一日中部屋に閉じこもっていた。
 
99 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/19(火) 22:56
部屋で呆然としていると誰かがドアをノックした。
石川は返事もせずじっとしていた。
「入るぞ」
ドアの外から中澤の声が聞こえた。
ドアが開いて中澤と矢口の二人が入ってきた。
石川は小さくお辞儀をした。
 
100 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/19(火) 23:00
中澤は立ったまま石川に言った。
「なっちに会いに行くぞ」
石川は何も言わず中澤を見つめた。
「ほら!行くよ!」
矢口が無理やり石川の手を引っ張った。
石川はヨロヨロと矢口に引っ張られた。
 
101 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/19(火) 23:09
石川は昨日のショックが抜けていないのもあり、安倍に会うのに戸惑いがあった。
しかし矢口に無理やり手を引かれてタクシーに乗せられた。
車内で三人に会話は無かった。
ずっと窓の外を眺めている中澤。
下を向いたままの石川。
石川の手を握り前を見つめる矢口。
やがてタクシーは病院に着いた。
 
103 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/21(木) 19:29
三人は黙ったまま廊下を歩いていった。
そして安倍のいる部屋のドアを開けて中に入った。
矢口はずっと石川の手を引いていた。
「なっち」
中澤が声をかけると窓際に立ち外を眺めていた安倍が振り向いた。
安倍は三人の顔を見るなり顔を曇らせた。
そしてそのまま下を向いた。
 
112 名前:104訂正 投稿日:2000/09/21(木) 23:06
中澤はゆっくりと安倍の目の前まで歩み寄った。
「元気で良かったわ」
中澤が安倍の肩に手をかけようとした。
安倍は中澤の手を振り払った。
そして顔を上げ、中澤を睨んだ。
「なっち・・・なんでそんなに死にたいんや」
中澤は悲しそうな声で言った。
 
113 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/21(木) 23:11
矢口が石川の手を離し安倍の元へ駆け寄った。
「どうして?みんなでお金集めたのに」
安倍は口を開けて何かを訴えた。
石川は中澤と矢口の後ろから安倍の口元を見ながら言った。
「声が戻っても・・・もう一度・・・歌は歌えない」
「なっちは行くところが、ない」
「もう戻れない」
 
114 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/21(木) 23:14
安倍はその場に座り込んだ。
泣きながら中澤を見上げた。
「歌を歌えないなっちは」
「飛べない鳥と同じ」
「事務所に飼われて」
「殺された」
「まるでにわとりのよう」
 
115 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/21(木) 23:19
石川は声が震えてそれ以上何も言えなくなってしまった。
「にわとりだって一生懸命生きてるじゃない!」
「自殺しようなんて考えないよ!」
矢口が大声で叫んだ。
「飛べなくたって!」
興奮する矢口を中澤が抑えた。
「矢口・・・落ち付け」
 
116 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/21(木) 23:25
中澤は安倍の方へ向き直った。
「なっち、ここにみんなで集めたお金があるんや」
「これで手術を受けて欲しい・・・みんなからのお願いや」
「その後の事もみんなで協力する」
「必ず・・・なっちが歌を歌えるようにするから」
「信じてくれや」
 
117 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/21(木) 23:35
安倍はただ泣き続けていた。
矢口が安倍の前に座り、両肩に手をかけた。
「なっち・・お願い。お願いだから」
「なっちはもう一度飛べる」
「矢口は信じてるよ」
安倍は矢口に抱き付き、肩を震わせて泣いた。
石川はその姿を黙って見つめていた。
 
123 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/26(火) 23:47
次の日、安倍の手術が行われる事になった。
安倍の気が変わらない内に、と中澤が強く医者にお願いした。
仕事があるため全員で手術に立ち会えない。
代表として石川一人が手術に立ち会った。
麻酔で眠り、手術室に運ばれる安倍を見て石川は思った。
この部屋を出てくるときには笑顔が戻っていますように、と。
 
124 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/26(火) 23:51
待っている時というのは時間が長い。
石川は椅子に立ったり座ったり、手術室の前をうろうろしたり。
飲み物も取らずにただ手術が終わるのを待ちつづけた。
赤い「手術中」のランプをじっと見つめた。
いつ消えるのだろう。
いつになったら終わるのだろう。
何か手間取っているのだろうか。
このまま永遠に終わらないような気がした。
 
125 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/26(火) 23:55
「あの」
石川は誰かの声に気がついて目がさめた。
いつのまにか眠ってしまったようだった。
目の前には看護婦が一人立っていた。
「手術は無事終わりましたよ」
看護婦は微笑んだ。
 
126 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/26(火) 23:57
石川は看護婦に連れられて病室の一つに入った。
ベッドには安倍が眠っていた。
「もうすぐ麻酔が覚めますから」
看護婦はそう言って部屋を出ていった。
石川はしばし安倍を見つめたあと、部屋にある椅子に腰掛けた。
そして静かに安倍が目覚めるのを待っていた。
 
127 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:01
安倍が寝返りをうった。
「う〜ん・・・」
石川はその声に驚いて椅子から立ちあがり、安倍のベッドにかけよった。
「安倍さん!安倍さん!」
安倍の体を揺さぶった。
ゆっくりと安倍が目をあけた。
「・・・おはよう」
 
128 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:04
石川は目にいっぱいの涙を浮かべた。
「おはようございます」
そう言って石川は安倍に抱き付いた。
「聞こえる?なっちの声、聞こえる?」
安倍の問いかけに石川はただ首を縦に振った。
「ありがとう」
安倍はそう言った。自分の声で。
 
129 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:08
安倍は石川の手から離れて立ちあがった。
「あぁぁぁぁ!」
大きな声で叫ぶ。
声が聞こえたのか医者と看護婦が部屋に入ってきた。
「安倍さん、まだ大きな声を出さないように」
医者に言われた安倍はベッドに座り、満面の笑みを浮かべた。
「ごめんなさい!」
 
130 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:12
医者が安倍の診察をしている間、石川は部屋を出て電話に向った。
公衆電話の受話器を手に取り、ボタンを押す。
石川は焦って、手に汗が滲んだ。
早く、早く伝えたい。
電話が繋がった。
「もしもし?」
「あ、あの、石川です」
 
131 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:15
「安倍さんが・・安倍さんが、あの」
「落ち付けって・・・なっちがどうしたんや」
受話器の向こうの中澤は落ち付いた声だった。
「おはよう、って」
「ありがとう、って」
石川は泣きながら話した。
「大きな声で・・・」
 
132 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:15
よかったよかった。
けど、ホントだったら旧メンはともかく石川が安倍のこと
心配なんかするかな?という気もするが。
いらん茶々入れてすいません。次回も楽しみにしてます。
 
133 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 00:18
中澤が深呼吸する音が聞こえた。
「そうかぁ・・・良かった」
中澤の声のトーンが高くなった。
「早速みんなに報告するわ」
「仕事が終わったらそっち行くわ」
中澤はそう言って電話を切った。
石川はゆっくりと受話器を置いた。
 
136 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 17:59
石川は安倍の部屋まで戻っていった。
部屋にはまた安倍が一人でいた。
「おかえり!」
ニコニコとする安倍。
「あ、中澤さんも後で来るみたいです」
石川も満面の笑みを浮かべた。
 
137 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 18:03
「ホントに・・・迷惑かけたね。ごめん」
安倍は顔の前で両手を合わせた。
「また業界に戻れるか分からないけど、戻ったら一緒にやろうね」
石川は頷いた。
「ユニットでも組んでさ」
安倍の目は希望に満ち溢れていた。
 
138 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 18:08
それから安倍は一生懸命にこれからについて一人で喋っていた。
石川の話しなど何も聞かずに。
今まで話せなかった鬱憤が一気に爆発したかのようだった。
安倍は目を輝かせ、遠くを見つめながら言った。
「なっちは、もう一度飛ぶよ」
 
139 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 18:11
部屋のドアが突然開いて、中澤と矢口が息を切らしながら入ってきた。
「お疲れ様」
安倍が声をかけると二人は目を見合わせた。
そして安倍の元へ駆け寄った。
「良かった・・・本当に良かった」
矢口が言った。
 
140 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 18:16
「みんな、迷惑かけてごめんね」
安倍は頭を下げた。
「いいんや。もう、いいんや」
中澤は安倍の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「これから、がんばらないとね」
「そうや・・これからやぞ」
「もう一度空へ・・・」
 
141 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/27(水) 18:18
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144 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/28(木) 22:41
しばらくして、安倍は退院した。
安倍はもう石川の家には行かずに、自分の家に帰っていった。
たとえ声が戻っても「モーニング娘。」には戻れない。
それは分かっていた事だが石川は寂しかった。
いや、みんな同じ気持ちだろう。
元気になったのに、安倍の姿はそこには無かった。
 
145 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/28(木) 22:47
「なっちな、他の事務所から声がかかってるみたいやな」
中澤が石川に小さな声で話しかけてきた。
「ここの事務所との事は大丈夫なのかな?」
矢口も会話に加わった。
「冷たいようやけど・・・ここはもうなっちに興味無いらしいな」
三人はがっくりと肩を落した。
「また、一緒にやれたら良かったのにね」
矢口は寂しそうだった。
 
146 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/28(木) 22:54
「でも、安倍さんは戻ってきたんですし、いつかきっと」
石川がようやく口を開いた。
中澤と矢口はその言葉に頷いた。
「よっしゃ!こっちもあっちもがんばろう!」
矢口が突然大きな声を出した。
石川と中澤は驚いて一歩矢口から離れた。
「突然大きな声出すなや・・・」
 
147 名前:名無し娘。 投稿日:2000/09/28(木) 23:02
石川は安倍とその後連絡をとらなかった。
中澤が安倍と頻繁に連絡を取っているのでわざわざ自分がするまでもないと思った。
安倍の近況は聞かなくても中澤が教えてくれた。
新しい事務所と契約した事。
デビューに向けて動き出している事。
安倍はいつも上機嫌だという事。
 
150 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 00:53
ある日、石川は中澤に人気の少ない所に呼び出された。
そこへ行くと矢口が深刻そうな顔をしながら立っていた。
石川は中澤と矢口の表情を見てイヤな予感がした。
「何ですか?」
不安そうに震える声で中澤に問い掛ける。
中澤は少し上を向いて何か考えた後、口を開いた。
「あのな、なっちの事やけど」
やっぱり。
石川の胸は高鳴ってきた。
 
151 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 01:00
「まさか・・また自殺しようとしたとか?」
石川の言葉に中澤は首を横に振った。
「その逆なんや」
「逆って?」
中澤は目に涙をためていた。
中澤は上を向いて涙を拭き、また石川を見た。
「その・・・手術のミスで・・・菌が喉から入ってしまって」
「今朝、高熱が出て救急車で運ばれたんやて」
 
152 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 01:04
石川の心臓は今にも止まりそうだった。
「そんな・・・これからって時なのに」
「で、容態はどうなんでしょうか?」
矢口が二人の間に割って入ってきた。
「さっき電話で聞いたんだけど・・・」
そこまで言って矢口は下唇を噛み締めて黙った。
石川は矢口の様子を見てなんとなく理解した。
「ダメなんですか?もう・・・」
 
153 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 01:09
重い沈黙。
中澤がため息を一つついて、話し始めた。
「今日仕事が終わったら三人でなっちの所へ行こう」
「これを・・・」
中澤はポケットからMDを一枚取り出した。
「これはな、なっちのソロデビュー曲なんや」
矢口が突然声を上げて泣き出した。
「なんでこんな事に!」
 
 
154 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 01:13
「手術のミスって!ミス?間違えました、で済むワケ!?」
矢口は取り乱していた。
中澤は力ずくで矢口を押さえた。
「間違えました、すみませんで済む問題なワケ!?」
「人の命がかかってるっていうのに!」
「これじゃ殺人と同じじゃないの!?」
「誰か答えてよ!」
 
155 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 01:18
「落ちつけ!」
中澤の怒鳴り声でようやく矢口は静かになった。
「みんなそう思ってるんや・・・」
矢口はまた大声で泣き始めた。
石川は何も言えなかった。
石川はただ、目の前が真っ暗になって呆然と立っていた。
空には雲一つ無かった。
 
159 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/01(日) 23:58
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160 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/02(月) 00:02
病室で安倍は静かに眠っていた。
口には酸素マスクをつけられ、手から様々なチューブが通っていた。
ピッ、ピッ、という機械の不気味な響きだけが部屋を満たしていた。
中澤、矢口、石川の三人は安倍を取り囲んで立っていた。
「なっち」
中澤が安倍の耳元に顔を近づけて囁いた。
ゆっくりと安倍の眼が開いた。
 
161 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/02(月) 00:05
安倍は何かを言おうとしていた。
しかし苦しそうに、口を少し動かすたびに顔をしかめた。
「無理しなくていいよ」
矢口が安倍の手を握った。
中澤はバッグからMDプレーヤーを取り出した。
そして、安倍の耳にイヤホンをかけた。
 
162 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/02(月) 00:08
「なっちの曲や」
中澤はそう言って再生ボタンを押した。
安倍は眼をつむってMDを聴いていた。
曲が終わると安倍は眼を開けた。
中澤はゆっくりとイヤホンを取った。
安倍は、必死に口を動かそうとした。
 
163 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/02(月) 00:11
「なっちは、飛べるかな?」
石川が安倍の口元を見て言った。
中澤は黙って頷いた。何度も。
安倍は天井を見上げた。
そしてゆっくりと目を閉じた。
 
164 名前:名無し娘。 投稿日:2000/10/02(月) 00:13
「ピー」
機械の耳障りな音が部屋に響いた。

矢口の手から安倍の手が力無くこぼれた。


 
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