御圭
184 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/20(火) 18:01 ID:WyFVeYJs
「じゃ、みんな集まって」
私達がスタジオに入ると、マネージャーは全員を並ばせた。
私達は一列に並んで、マネージャーの次の言葉を待っていた。
今日、何があるのか。
それは事前に知っていた。
みんな緊張の面持ちだった。
あからさまに不機嫌そうな裕ちゃん。
ずっと騒いでる矢口っちゃん。
 
185 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/20(火) 18:05 ID:WyFVeYJs
全員がそろった事を確認すると、マネージャーは一人の女の子を紹介した。
「紹介します。新メンバーの後藤真希ちゃんです」
マネージャーの横に立っていた女の子は小さくお辞儀をした。
ざわざわとメンバーが騒ぎ出した。
私は…その子を見て一言言った。
「金髪だよ!」
 
186 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/20(火) 18:14 ID:WyFVeYJs
「はじめまして、後藤真希です。よろしくお願いします」
そういうと後藤真希ちゃんはにっこりと、いや、にへらと笑った。
「いくつ?」
誰かが後藤ちゃんに聞いた。
「14歳です」
「14歳!?」
みんなの騒ぎはそれを聞いて一段と大きくなった。
 
187 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/20(火) 18:20 ID:WyFVeYJs
「14歳だって!なっち」
矢口っちゃんが私に声をかけてきた。
「ねぇ〜びっくり。大人っぽいよね」
私はそう答えた。
新メンバーの追加。
聞かされていた事とはいえ、みんな驚きを隠せなかった。
そして、動揺していた。
 
188 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/20(火) 18:25 ID:WyFVeYJs
この日を境に、ゆっくりと歯車が動きだした。
誰も予想しなかっただろう。
いや、私自身何も予想できなかった。
後藤真希ちゃんはメンバーの仲間入りをした。
それだけだった。
それだけだと、思っていた。

 
191 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/21(水) 18:24 ID:/pMZU6VA
しかし、それだけでは無かった。
後藤真希ちゃんは事務所から大きな期待を寄せられていた。
それは、あからさまな事務所の扱いの違いではっきりと分かった。
私はその扱いの違いが気に入らなかった。
ここまでがんばってきたのに。
なんで後藤真希ちゃんを持て囃すのだろう?
後藤ちゃんが嫌いなワケじゃないけど。
 
192 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/21(水) 18:35 ID:/pMZU6VA
矢口っちゃんも圭ちゃんもサヤカも面白くなさそうだった。
そうだろう…同じ追加メンバーなはずなのに、待遇はまるで違った。
面白くない気持ちはよく分かった。
私は三人に少し同情した。
しかし、それはどうしようも無い事だった。
私達は、後藤ちゃんを受け入れるしかなかった。
 
193 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/21(水) 18:41 ID:/pMZU6VA
そんなある日、次の新曲が発表された。
名前は「LOVEマシーン」だった。
メンバー内で動揺が走った。
今までと全然違う感じの曲。
何もかもが違っているような気がした。
私もみんなと同じく動揺した。
いや、私の動揺はみんなと同じじゃなかった。
メインと呼べるパートが無い…。
 
194 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/21(水) 18:53 ID:/pMZU6VA
私は少なからずメインをやってきた自信とプライドがあった。
なのに…なぜ?
私は疑問に思い、そして不安を感じた。
しかし、それを言い出す事は出来なかった。
後藤ちゃんが来てから急に何かが変わったようだった。
みんながそれを感じ取っていた。
 
195 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 00:16 ID:tMKkYlV2
そんな私の思いとは裏腹に「LOVEマシーン」は発売以来快進撃を続けた。
私は内心面白くなかった。
なぜ?
私の立場は?
後藤真希ちゃんの人気がみるみる上がって行くのを見て、私はますます不満を募らせた。
私はもう必要無いんだろうか…そんな不安が頭をよぎった。
 
196 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 00:28 ID:tMKkYlV2
後藤ちゃんはいつしかみんなの中に溶け込んでいた。
もう立派にメンバーの一人…いや、「顔」になりつつあった。
私も後藤ちゃんを認めざるをえなくなった。
でも、私の中のもやもやした気持ちはどうにも出来なかった。
不安で寝れない日々が続く。
私は自分の気持ちをどうにも出来なかった。
どうしたらいいのか分からなかった。
 
197 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 20:37 ID:VPKNJekA
「なっち顔色悪いよ?」
突然矢口っちゃんにそう言われた。
私は驚いてバッグの中から手鏡を取り出した。
鏡に写った私の顔は青白かった。
ここのところ全然眠れてなかった。
仕方無く…睡眠薬を飲んで無理やり寝ていた。
 
198 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 20:50 ID:Dth6Qjbs
そのウチ、「プッチモニ」が結成された。
タンポポに次ぐ新ユニットだった。
プッチモニは予想以上に売れた。
私はその成功を横目で見ているしかなかった。
いいんだ。
私はソロがあるから。
そう、自分に言い聞かせた。
 
199 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 20:59 ID:Dth6Qjbs
強がってはいても、実は寂しかった。
不安で不安で仕方無かった。
私は孤独なような気がして仕方無かった。
でも、誰にも相談出来なかった。
何か…負けを見とめるようでイヤだった。
私は、負けたくなかった。
 
200 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 21:06 ID:Dth6Qjbs
そのうち、更に新メンバーが入ってきた。
もちろん、私は面白くなかった。
いや…それよりも不安だった。
これ以上私の立場を脅かして欲しくない。
不安が更なる不安を呼んで、まるで嵐のように私の中で渦巻いていた。
私は苦しくて耐えられなくなった。
 
201 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 21:11 ID:Dth6Qjbs
やがて新メンバーの子達は辻ちゃんを除いてユニットに納まっていった。
そして…私のソロ活動もいつしか蔑ろになっていた。
裕ちゃんは新曲を出しているのに。
私の希望は見事に裏切られた。
なぜ?
どうして?
何が悪いって言うの?
 
202 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 21:16 ID:Dth6Qjbs
「I WISH」
とうとう私は「その他大勢」になってしまった。
私にとっては耐えがたい拷問のようなものだった。
ずっとメインであったプライドと、不安と孤独と怒りがぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
私はもう必要無いと言いたいの?
私の気持ちや努力はどうしてくれるの?
誰が私をこんなにしてしまったの?
 
203 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 21:20 ID:Dth6Qjbs
更に「ミニモニ」まで結成された。
遂に裕ちゃんと私を除いて全員ユニットに納まった。
いや、裕ちゃんにはソロがある。
私は?
私は何なの?
みんなが楽しそうに活動している姿を私は見ているしかなかった。
一人ぼっちで…。
 
204 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 21:24 ID:Dth6Qjbs
みんなが憎らしく見えた。
私だけを置いて行ってしまったような気がした。
私は一人取り残されてしまった。
どうにもならない。
どんなに悲しんでも怒ってもどうしようもない。
私は孤独になってしまった。
 
205 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/22(木) 21:29 ID:Dth6Qjbs
誰一人私の味方なんていない。
私は孤独。
みんな嘘吐き。
裏切り者。
私はもう不要なの?
そこらへんに転がっているゴミと一緒な扱いなわけ?
誰も目を向けない。
ただ、一人で捨てられるのを待つだけ?

苦しい…

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209 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/25(日) 22:54 ID:NsJ4AfV6
テレビ番組の収録の最中。
保田はじっとトークする安倍を見つめていた。
場の雰囲気を無視したような独り善がりなトーク。
保田にはそう見えた。
いつもテンションが高い。
こいつに悩みなんてあるのか…?
保田はそう思った。
 
210 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/25(日) 22:59 ID:NsJ4AfV6
保田にとって安倍は虫の好かない人間だった。
明るく可愛い、いつも主人公。
そりゃ、主人公になるだけの素材だとは思う。
しかし、保田には面白くなかった。
自分には無いものを持っているから?
そうかもしれない。
ただの、嫉妬かもしれない。
 
211 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/25(日) 23:05 ID:NsJ4AfV6
収録が終わると、メンバーは楽屋に戻り帰り支度を始めた。
保田はトイレに行きたくなり、急いでトイレに走った。
用を足して楽屋に戻ってくるとすでに誰もいなくなっていた。
「ちぇ…遅れた。早く帰ろう」
保田は楽屋の隅に置いてあった自分のバッグを手に取った。
そして急いで出ようとし、近くにあったパイプ椅子に足を引っ掛けた。
 
212 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/25(日) 23:09 ID:NsJ4AfV6
「痛っ」
保田は転びそうになった。
思わずバッグを床に落とし、パイプ椅子に手をかけた。
と、パイプ椅子の下に何か落ちているのを見つけた。
しゃがみ込んで、落ちているものを拾ってみた。
手帳だ。
 
213 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/25(日) 23:15 ID:NsJ4AfV6
誰の手帳だろうか?
保田は帰るのも忘れ、パラパラと手帳をめくってみた。
「なっつぁんのか…」
保田はしめた、と思った。
安倍の秘密でも握ってやろう。
ワクワクしながら手帳をめくる。
 
214 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/25(日) 23:26 ID:NsJ4AfV6
しかし、手帳に書いてある事は保田の期待とは違った。
保田は手帳のページをめくるたびに気分が悪くなっていった。
片手でパイプ椅子を引きずって、座った。
すっかり帰る事など忘れて手帳に見入る保田。
手帳には、予定の他に安倍の胸の内が書いてあった。
それも延々と何ページにもわたって。
 
 
218 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/26(月) 19:46 ID:kikfOKk2
「嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き…」
「裏切り者みんな裏切り者…」
「嫌い嫌い一人は嫌い一人はイヤ…」
何ページにもわたってこんな言葉が繰り返し書かれていた。
保田は見ていて寒気がしてきた。
一体どうしたと言うのだろう?
居た堪れなくなった保田は手帳を閉じた。
 
219 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/26(月) 19:49 ID:kikfOKk2
ガチャッという音が保田の背後からした。
振り向いてみるとドアを開けて安倍がそこにいた。
厳しい表情の安倍。
保田には見たことのない…いや、みんなの前で見せたことのない表情だった。
保田はとっさに自分の手の中にある手帳を思い出した。
「あ…なっつぁん」
 
220 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/26(月) 19:53 ID:kikfOKk2
安倍は何も言わずに凄い勢いで歩いてきた。
そして保田の元までやってきて…何も言わずに手帳を奪い取った。
「な、なっつぁん」
保田の言葉に何の反応も示さず、安倍はそのまままた出ていってしまった。
開けっぱなしになったドア。
保田は安倍の去った方を呆然と見つめていた。
 
221 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/26(月) 19:57 ID:kikfOKk2
家に帰っても、保田の頭には延々と同じ言葉が書かれた手帳の内容が離れなかった。
マズいものを見てしまった。
保田は手帳を勝手に見たことを後悔した。
明日なんて安倍に言おう?
見てないフリをすべきだろうか?
それとも…あの手帳の内容について何か話すべきだろうか。
保田は悩んだ。
 
222 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/02/26(月) 20:04 ID:kikfOKk2
「嘘吐き嘘吐き…」
目を瞑ると殴り書きされたあの文字が浮かんでくる。
保田にとって安倍は面白くない人間だ。
でも…しかし、このまま放っておいていいのだろうか。
「一人は嫌い…」
安倍を救ってあげるべきなのか。
保田は思い悩んだあげく決心した。
明日、安倍に手帳の内容について話ししてみよう。
 
 
225 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/02(金) 23:57 ID:XaPOKU56
次ぎの日、保田はスタジオ入りするとすぐに安倍の姿を捜した。
そして安倍を見つけるとそっと近づいて行った。
しかし…なんて声をかけたら良いのだろう。
安倍のすぐそばまで来ておきながら保田は迷った。
と、安倍が保田の存在に気づいた。
一瞬顔を曇らせる安倍。
「お、おはよう」
保田はとっさに挨拶した。
 
226 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/03(土) 00:03 ID:RGXDkZQk
「…おはよう」
暗い声ながらも挨拶を返してきた安倍。
保田はほっとした。
しかし、後が続かない。
保田はしばらく沈黙し悩んだあげく、変な聞き方をしてしまった。
「なっつぁん、元気??」
安倍は訝しげな顔をした。
「元気だよ」
 
227 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/03(土) 00:10 ID:RGXDkZQk
「そっかー…ならイイんだけどさ」
ハッキリしない言い方しか出来ない。
保田の決心は早くもグラついてきた。
放って置く方が良いのかもしれない。
「ま、なんか悩み事があったらなんでも相談してよ」
保田はそれだけ言ってとりあえず今回は立ち去ろうとした。
 
228 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/03(土) 00:16 ID:RGXDkZQk
「手帳見たの?」
安倍は冷たく小さな声で呟いた。
一旦立ち去ろうとした保田はその声を聞いて動きが止まってしまった。
小さい声だが…保田にはハッキリと聞こえた。
「見たんだね?」
保田は安倍の顔を見れなかった。
見なくてもどんな表情をしているか大体分かった。
昨日の…あの顔だ。
 
229 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/03(土) 00:20 ID:RGXDkZQk
「いや…ごめん。そんなつもりじゃ」
しどろもどろになりながら保田は答えた。
「なっちの秘密でも探ろうと思った?」
保田は動揺した。
その通りだ。しかし、まさか「そう」とは言えない。
「ち、違うよ…誰の手帳かな、と思ってさ」
 
230 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/03(土) 00:25 ID:RGXDkZQk
「嘘吐き」
安倍は冷たく言い放って歩いて行ってしまった。
保田は弁解する事も出来なかった。
その場に一人残った保田。
ますます事態を悪くしてしまったのだろうか。
やっぱり関わらない方が良かったのだろうか。
 
231 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/03(土) 00:36 ID:RGXDkZQk
今日も収録の間、異様な程にテンションの高い安倍。
それをじっと見ていた保田の目には以前とは違う安倍に見えた。
それは影の部分を見てしまったから?
ハシャギまくる安倍の姿も酷く可哀想に見えた。
「一人は嫌…」
やっぱり何かしてあげるべきではないのだろうか。
しかし、一人ではどうにも出来ない。
 
238 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/11(日) 23:32 ID:fnu3VsUs
次の日、自分だけの力ではどうにもならないと感じた保田は一緒に安倍の事を考えてくれる人に声をかけた。
そっとその人に近づいて声をかける。
「あのさ…ちょっと相談事があるんだけど、イイ?」
そう言うと矢口は勢い良く振り向いた。
「どうしたの?」
「あのさ…ちょっと場所変えよう」
保田は矢口を連れて人気の無い場所まで歩いていった。
 
239 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/11(日) 23:36 ID:fnu3VsUs
保田は当たりを慎重に見まわして、誰もいない事を確認した。
「一体どうしたの?まさか告るとか?」
矢口はそう言ってケラケラと笑った。
しかし、すぐに保田の真剣な表情に気づいて笑うのを止めた。
「なんか…大事な相談なの?」
保田は小さく頷いた。
「そう…なっつぁんの事なんだけどさ」
「まだ誰にも言わないでね」
矢口は今度は真剣な表情で小さく頷いた。
 
240 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/11(日) 23:46 ID:fnu3VsUs
保田は出来る限り小さな声で、安倍の手帳の内容について話した。
そして、安倍のあの厳しい表情や、「嘘吐き」という発言についても。
矢口の顔は話が進むにつれて見る見る表情が強張っていった。
そしてため息交じりに呟いた。
「なっち…そんなにみんなが信じられなくなっちゃったの?」
保田はその言葉には何も答えられなかった。
「で、相談って言うのはさ」
「分かったよ。なっちを助けてあげたいよ」
矢口の声には強い決意と、どこかしら悲壮感も漂っていた。
 
241 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:05 ID:uuLuq7zs
バタバタと誰かが走る足音が聞こえた。
保田と矢口は音のする方向を同時に見た。
音は遠ざかっていくような近づいているような。
と、飯田が廊下の角から顔を出した。
「何やってるの?もう始まるよ!」
保田と矢口は顔を見合わせ、飯田について廊下を走ってスタジオに戻っていった。
 
242 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:09 ID:uuLuq7zs
保田は本番中、また安倍の事を観察していた。
保田はいつもより安倍のテンションが低い事に気づいた。
話を振られない限りずっと俯いたままの安倍。
矢口が話しかけるも反応が鈍い。
ますます状態は悪くなっているのだろうか。
保田はどうするのが1番イイ方法なのか思案を巡らせていた。
 
243 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:14 ID:uuLuq7zs
仕事が終わり、全員が楽屋に戻っていった。
保田は楽屋で帰り支度を整えた後、トイレに向かった。
そして帰ってくると楽屋にはすでに誰もいなかった。
ふと、パイプ椅子の下に目をやった。
手帳が落ちていた。
イヤな予感が保田の脳裏をよぎった。
同じ状況。
保田は手帳を手に取らず、楽屋入り口のドアを振り向いた。
 
244 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:17 ID:uuLuq7zs
保田の想像した通り、楽屋のドアはゆっくりと開いた。
そしてそこには想像通りの人物が立っていた。
ただ…違ったのは手に包丁を持っていた事だった。
「なっつぁん…」
保田はゆっくりと後ずさりし始めた。
安倍もそれに歩調を合わせるかのように保田に近づいていった。
 
245 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:20 ID:uuLuq7zs
「な、なっつぁんどうしたの?」
保田は震える声で安倍に話しかけた。
視線は、安倍の手にある包丁だけを見ていた。
少しずつ間を詰めながら安倍は呟いた。
「なっちをバカにして…」
保田は恐ろしくなり、全身から冷や汗が出てきた。
「何言ってるの?いつバカにしたの!?勘違いだよ」
 
246 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:30 ID:uuLuq7zs
「矢口っちゃんとなっちを陥れる相談してたくせに!」
安倍の声は急に激しくなった。
それとは対照的に保田の声は弱弱しくなっていった。
「違う…違うってば。誤解だよ」
後ずさりしていた保田はテーブルにぶつかった。もう後ろに下がれない。
「なっつぁん…それは思い込みだってば」
保田はテーブルにそって横に逃げ始めた。
 
247 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:40 ID:uuLuq7zs
「なっつぁん…聞いて。矢口とは、その…なっつぁんを助ける相談をしてたんだよ」
保田はテーブルの縁に手をかけ、ゆっくりと移動していた。
安倍はどんどんと近づいてきた。
そして、手に持っていた包丁を胸の高さあたりまで上げた。
「助けるって何を?なっちが異常だとでも?」
「そんな事言ってないよ!」
「じゃあ何さ!」
安倍の声は怒鳴り声になった。
 
248 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:50 ID:uuLuq7zs
保田はどう説明しても安倍の怒りを買う事に気づいていた。
「なっつぁん…お願いだから」
保田は恐怖で涙声になっていた。
「なっちの手帳を勝手に読んで、それを矢口っちゃんに言ったわけ?」
「なっちの心の中を勝手に覗いて、それで弄んで、引き裂くわけ?」
「そ、そんなつもりは…」
テーブル沿いに移動していた保田はパイプ椅子に引っかかって止まった。
保田はじっと安倍を見つめていた。
 
249 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/12(月) 20:54 ID:uuLuq7zs
「なっちがどんなに苦しいか知らないくせに!」
安倍はそう叫んで飛びかかってきた。
保田は必死に安倍の手を…包丁を持つ手を掴んだ。
「なっつぁん止めて!」
保田も必死に叫んだ。
二人は掴み合ったまま転がり、パイプ椅子が激しい音を立てて倒れた。
「誰か!誰か来て!」
保田は絶叫した。
 
252 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/18(日) 14:07 ID:YWxqfjAQ
「ちょっと!!何やってるの!」
激しい怒鳴り声が聞こえた。
そして安倍の後ろから誰かが安倍をはがいじめにした。
そしてもう一人の手が安倍の手から包丁を無理やり取り上げた。
「なっち!!何やってるの!」
安倍は飯田にはがいじめにされ、保田から離れた。
「なんで…なんで」
手に持った包丁を見つめて矢口は悲しそうに呟いた。
 
253 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/18(日) 14:09 ID:YWxqfjAQ
保田は呆然とそのまま床に寝転がったまま、安倍を見上げていた。
安倍は…肩で息をしながら保田を恐ろしい眼差しで見つめていた。
「なっち…一体何があったの?」
矢口が沈んだ声で安倍に問い掛けた。
しかし…安倍は何も答えなかった。
ただ、じっと保田を睨みつけていた。
 
254 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/18(日) 14:15 ID:YWxqfjAQ
「今までケンカもあったけど…こんなの始めてだよ。一体どうしたの」
矢口はますます悲しそうに言った。
安倍は何も答えず、後ろにいる飯田に体を任せるように体の力を抜いてぐったりと項垂れた。
はがいじめにしていた飯田は力を緩め、安倍の力の無い体を両手で支えた。
「圭ちゃんも…何があったの?」
矢口は今度は保田に問い掛けてきた。
保田はゆっくりと床に手をつき、体を起こした。
 
255 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/18(日) 14:20 ID:YWxqfjAQ
しかし、保田も何も答えられなかった。
この事をどう説明したらいいのだろうか?
安倍をますます逆上させる事にならないだろうか?
保田は何も言えないまま…床に座りこみ、俯いたまま黙った。
沈黙が流れた。
 
256 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/18(日) 14:23 ID:YWxqfjAQ
「なっち!」
突然飯田の大声が聞こえた。
保田は驚いて顔を上げてみた。
安倍は、飯田の手を振り切り、楽屋を走って出ていこうとしていた。
「なっつぁん!!」
保田は立ちあがり、呆然とする飯田と矢口を置いて安倍を追って走り始めた。
楽屋を出て、廊下を走る。
安倍の後ろ姿を追いかけて走った。
 
258 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:34 ID:cBrgXfvc
「なっつぁん!!」
保田は走りながら力いっぱい大声で安倍に呼びかけた。
しかし、安倍はまったく振りかえらない。
廊下、そしてスタジオの出口を通り外へ出た。
安倍の後姿はどんなに精一杯走ってもすこしも大きくならなかった。
息が苦しい。
保田は半ば諦めかけていた。
 
259 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:37 ID:cBrgXfvc
「なっつぁん…」
保田はとうとう声を出すのも大変になってきた。
それでもなんとか走り続ける。
安倍の姿はだんだん小さくなっていった。
安倍はビルの角を曲がる。一瞬安倍の姿が見えなくなった。
保田も角を曲がった。
保田の目に映ったものは、小さな安倍の後ろ姿と大きな交差点と赤信号だった。
「なっつぁん!!」
保田は出来る限りの大声で叫んだ。
 
260 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:42 ID:cBrgXfvc
何もかもがゆっくりに見えた。
安倍は赤信号の交差点に躊躇せず入っていった。
大きな音がして、安倍は宙に浮いた。
そして車のボンネットに打ちつけられ、転がって地面に落ちた。
悲鳴も聞こえた。
安倍が地面に倒れ込むと、何も聞こえなくなったような気がした。
 
261 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:45 ID:cBrgXfvc
「…」
保田は何も声が出なかった。
ようやく安倍の元に辿りつき、地面にヒザをついて安倍を抱きかかえた。
自分でも何を叫んでいるのかよく分からなかった。
保田の手の中で安倍はぐったりとしたまま動かなかった。
 
262 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:46 ID:cBrgXfvc
========================================
 
263 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:50 ID:cBrgXfvc
どうやってここまで来たのかも分からず、ただ呆然と保田は椅子に座っていた。
何も聞こえない静かな場所。
頭の中はぐちゃぐちゃになっていて何をどうしたらいいのか分からない。
目を瞑ると宙に浮く安倍が映る。
保田は恐ろしくて怖くて…寒くて震えた。
小さくなって震えていた。
 
264 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 20:56 ID:cBrgXfvc
「圭ちゃん!」
突然声が聞こえた。
そして誰かが震える保田の肩を抱いた。
顔を上げるとそこには矢口がいた。後ろには飯田も。
「圭ちゃん大丈夫?」
矢口はそう言って保田の肩を揺さぶった。
保田は何も答えられずに、ただ涙を流した。
 
265 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/22(木) 21:02 ID:cBrgXfvc
「圭ちゃんしっかりしてよ!」
「なっちなら大丈夫だって!」
矢口の言葉の意味が理解出来ない保田。
不思議そうな顔をしていると後ろから飯田が落ちついた声で話し始めた。
「なっちは脳震盪起こしただけで、命に別状は無いってさ」
保田はその言葉を聞いて一気に力が抜けた。
力が抜けて…保田はそのまま気を失った。
 
271 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/26(月) 22:07 ID:KjrERFEk
「…ちゃん?圭ちゃん?」
朦朧とする意識の中で誰かの声が聞こえてきた。
ゆっくりと目を開けてみると、目の前に矢口と飯田の顔があった。
目にいっぱいに映った矢口の顔は安堵の表情を浮かべた。
「良かった…気がついた」
矢口はそう言って保田の手をひっぱった。
保田は矢口に手を引かれてゆっくりと身を起こした。
 
272 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/26(月) 22:13 ID:KjrERFEk
キョロキョロと当たりを見まわす保田。
ここは病室だった。そして、保田はベッドに寝かされていた。
「急に倒れたから…」
飯田はため息をつきながら言った。
「な、なっつぁんは?」
保田はベッドから降りようと床に足をついた。
矢口が保田の手を握って立つのを助けてくれた。
「なっちなら、もう起きてるよ」
 
273 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/26(月) 22:19 ID:KjrERFEk
矢口と飯田に連れられて保田は自分の寝ていた部屋を出て、廊下を歩き、とある病室に入った。
矢口がドアを開けて入る。飯田と保田もそれに続いた。
部屋の中には…メンバー全員が揃っていた。
そしてメンバーの取り囲むベッドの上には安倍が座っていた。
その表情は、凍ったように固まっていた。
壁の一点だけを見つめて…保田の存在もまったく気づいていないようだった。
 
274 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/26(月) 22:22 ID:KjrERFEk
「圭坊」
聞き覚えのある声が聞こえた。
保田が声のする方を向くと、そこには腕を組んで険しい顔をして立つ中澤がいた。
「裕ちゃん…」
中澤はゆっくりと保田に近寄っていった。
「一体何があったんや?」
中澤はトーンの低い声で保田に事の説明を求めた。
 
275 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/26(月) 22:29 ID:KjrERFEk
保田はふと、安倍の顔を見てみた。
安倍は保田と中澤の方を見ていた。目があった保田は一瞬ゾッとした。
しかし、安倍の目には「あの時」のような恐ろしい感じは微塵も感じられなかった。
いや、むしろ、悲しみに満ちたような目をしていた。
「何があったんや!」
急に大きな声で中澤が問い詰めた。
保田は安倍から目をそらし、中澤を見ながらゆっくりとすべてを話し始めた。
もはや…隠しても仕方無い。安倍の事故という事実がすべてを明るみに出してしまった。
 
276 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/28(水) 20:58 ID:iHkpOLc6
保田は一から、何があったのかを事細やかに説明した。
保田は説明している間、安倍の顔を見ることが出来なかった。
安倍の視線を感じた。
しかし、どうしても…安倍の顔を見ることが出来なかった。
 
 
277 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/28(水) 21:03 ID:iHkpOLc6
すべてを説明し終わった。
保田が説明を終えると、部屋には重い沈黙が流れた。
誰も、安倍の顔を見ることが出来なかった。
と、中澤がゆっくりと安倍のそばに寄っていった。
そして…力いっぱい安倍の頬を平手で殴った。
「バシッ」という凄い音が静かな部屋に響き渡る。
そこに居た全員が思わず安倍と中澤を見た。
 
278 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/03/28(水) 21:10 ID:iHkpOLc6
「あほぉ!」
続いて中澤の大声が響いた。
「なんで誰にも相談せんかったんや!なんで一人で悩んでたんや」
「孤独ってあんた…自分で殻を閉じてしまったんやないか」
「みんななっちの事心配してても、なっちが心を閉ざしてしまったら誰も協力したくても出来へんやろ」
「よく見てみろや…みんななっちが心配やから仕事キャンセルしてでもここに集まったんやろ?」
「なっちを一人にしようなんて誰も思ってへんのや…」
 
287 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/04/13(金) 19:44 ID:hf.ITixk
中澤の大声が終わると、とたんに部屋には静けさが戻ってきた。
安倍は、殴られた頬を手で押さえ、俯いていた。
「なっち…」
中澤の横から、矢口が安倍の元へ歩み寄った。そして、目に涙を溜めながら安倍に抱きついた。
「なっち…ごめんね。寂しい思いさせて」
「ごめんね」
矢口は涙声になりながら安倍にただ謝っていた。
 
288 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/04/13(金) 19:49 ID:hf.ITixk
矢口の涙に触れて、凍ったようだった安倍の顔からもうっすらと涙が流れてきた。
中澤はその場にしゃがみ、安倍の顔を覗きこんだ。
「なっち、みんなの気持ちが分かったやろ?」
「みんななっちの事、大切やと思ってるんや」
俯いたままの安倍の口から、小さな嗚咽が漏れた。
 
289 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/04/13(金) 19:58 ID:hf.ITixk
じっと立ったままその様子を見ていた保田も、ゆっくりと安倍の横へと行き、ベッドの横へしゃがんだ。
泣いている安倍と矢口を見て、保田は何て発言したら良いのか迷い、しばらくじっと二人を見ていた。
それに中澤が気づき、立ちあがって矢口の肩を揺すり、安倍から矢口を離した。
そして、中澤は保田の肩をポンと一つ叩いた。
保田は…中澤に諭されて、静かに安倍に話しかけた。
「なっつぁん…私、なっつぁんの気持ちも考えずに勝手な事して…本当にごめん」
「でも、なっつぁんを救いたい、って思ったのは本当だよ」
「だってさ、なっつぁんは大切な仲間じゃん」
 
290 名前:名無し娘。 投稿日: 2001/04/13(金) 20:04 ID:hf.ITixk
保田は手を伸ばして、そっと安倍の手を握った。
保田の目からも、ずっと堪えていた涙が溢れ出してきた。
頭の中はしだいに真っ白になって行き、安倍に何を話しかけていいのか分からなくなった。
「なっつぁん…ごめんね」
ただ、それだけの言葉しか出てこなかった。

 
296 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 22:31 ID:mFziFDbo
 保田の握った安倍の手は、力無く、握り返してはこなかった。
安倍の手を握った保田の手の甲に、暖かい涙が一つぶ落ちてきた。
「…なっちは…」
よく耳を澄まさないと聞こえないような小さな声で、安倍がようやく話し始めた。
保田はその声に気づき、顔を上げて安倍の目を見つめた。
安倍の目は、涙にあふれ、そしてとても悲しそうだった。
 
297 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 22:38 ID:mFziFDbo
 じっと一点を見つめたまま、安倍は唇をほんの少しだけ開けた。
「なっちは、一人だった」
「…分かってたんだ。自分がいけないって事も。でも、誰にも言えなかった」
「自分でもどうにも出来ない気持ちを…誰かにぶつけたかった」
「でも…なっちはどうして欲しかったんだろう?」
「…分かんないよ…」
そこまで言うと安倍は急に声を上げて激しく泣き出した。
 
298 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 22:43 ID:mFziFDbo
 保田は何も答えられず、ただ、手をじっと握っていた。
どうしたらいいのかも、保田にはまったく分からなかった。
苦しみに喘ぐ安倍に何も出来ない自分がとても小さく感じた。
保田は下唇をきつく噛んで耐えた。
自分の無力さに、何も出来ない悔しさに耐えた。
 
299 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 22:58 ID:mFziFDbo
 「なっちは、モーニングに必要なのかな?」
「なっちには、まだ居場所があるのかな?」
震える声で安倍は問い掛けてきた。
「そ…そんな」
保田はとっさに身を乗り出して安倍に答えようとした。
「なっちってさ」
と、突然背後から声がした。
保田が声のした方を振りかえると、高い背丈から見下ろすように、飯田が立っていた。
 
300 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 23:13 ID:mFziFDbo
 「なっちってさ、ずっとメインだったよね」
飯田は普段と変わらない表情で話しを続けた。
「で、カオリはその他大勢みたいだった」
「カオリもね、自分が必要なのかどうか凄く不安だったよ」
「でも…誰かが必要無い、って言わない限り、不必要って決まったワケじゃないじゃん」
「誰かが、なっちは不要だって言ったの?」
 
 
301 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 23:19 ID:mFziFDbo
 安倍は、ゆっくりと首を横に振った。
飯田は続けた。
「でしょ?誰もなっちが不要だなんて思ってないよ。自分でそう思い込んでるだけ」
「自分の居場所とか…は自分で作るべきだと思うよ」
「自分の存在も、自分で作るもんだよ」
鋭い眼差しで安倍を見下ろす飯田の横から、中澤が近寄ってきた。
そして、保田の横にしゃがみ、安倍を見上げた。
 
302 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 23:28 ID:mFziFDbo
 「カオリの言う通りや、なっち」
「誰もなっちの事不要だなんて思ってへん」
中澤は手を伸ばし、安倍の頭を優しく撫でた。
「なっちには、なっちにしか出来ない事もあるやろ?」
「なっちには、なっちの魅力があるやろ?」
「だからこそ、なっちはモーニングに必要なんやないのか?」
「なっちの代わりは、なっちしかおらんのや」
 
303 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 23:34 ID:mFziFDbo
 「分かってくれたか?」
中澤の問いかけに、安倍はただ泣き続けるだけで、何も答えなかった。
保田はただただ、安倍を見つめる事しか出来なかった。
「…そろそろ時間が」
部屋の一番隅の方からマネージャーの声が聞こえた。
保田は安倍から離れる事が不安だった。
安倍は分かってくれたのだろうか?
 
304 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/23(月) 23:40 ID:mFziFDbo
 帰る事を躊躇する保田を見て、中澤がそっと安倍の手を握る保田の手を引き離した。
中澤は何も言わず、目で保田に訴えた。「帰れ」と。
保田は仕方なく、その場を立ちあがった。他のメンバーは、一人、また一人と部屋を後にしていった。
何度も安倍の方を振りかえりながら出口へ歩く保田。
安倍はずっと俯いたまま泣いていた。
中澤が手をヒラヒラさせ、「行け」と合図をしていた。
後ろ髪を引かれながら、保田は部屋を出ていった。

 
309 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/28(土) 20:52 ID:5M8bQU2I
 安倍の事で極度の疲労に達した保田は、家に帰るや否や倒れるようにして眠りこんだ。
気がつくと帰宅したままの格好でソファーに横になっていた。
時計を見るともう午前9時をさしていた。
スタジオ入りする時間まで少ししかない。
しかし、昨日のままではさすがに気持ち悪い。
せめてシャワーを浴びていこう…。
保田は遅刻覚悟で風呂場に入った。
 
310 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/28(土) 20:58 ID:5M8bQU2I
 せっかくシャワーを浴びたのに汗だくでスタジオへ走る保田。
スタジオへつき、楽屋へ行くともうすでにメンバーが集まっていて、打ち合わせが始まっていた。
「圭ちゃん遅刻だよ!」
誰かが楽屋じゅうに響くような大声で言った。
「ご…ごめん」
保田は入っていきなりの事だったので反射的に謝ってしまった。
そして、すごすごと背を丸めながら荷物を置きにいった。
 
311 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/28(土) 21:02 ID:5M8bQU2I
 荷物を置いて、みんなの集まっているテーブルの方を向いた。
保田はそこでまるでゾンビでも見たかのような顔をした。
テーブルの片隅には…安倍が座っていた。
「圭ちゃん何やってるのさ」
安倍は以前のような甲高く、部屋中に響くような声だった。
その表情も、以前のような輝きが戻っていた。
 
312 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/28(土) 21:06 ID:5M8bQU2I
 「な、なっつぁん??」
あまりの驚きに目を白黒させる保田。
「まー細かい事はあとで。早く座ってよ」
安倍は何も無かったかのようだった。
今までの事は夢だったのか…?保田は自分がよく分からなくなった。
「遅刻したから事情が分からないんだよ」
テーブルの前の椅子を引く保田を横目で見ながら飯田が呟いた。
「ご、ごめん」
 
313 名前:名無し娘。 投稿日:2001/04/28(土) 21:15 ID:5M8bQU2I
 保田が加わって全員になったメンバーは、今日の収録の打ち合わせに入った。
しかし、保田はその内容を全く聞いていなかった。
保田の意識は、すべて目の前にいる安倍に注がれていた。
真剣な表情でマネージャーの説明に聞き入る安倍。
何も…何も変わっていない。
でも…どう安倍に接したらいいのだろうか?
保田は自分が変に緊張しているのがわかった。

 
325 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:08 ID:6sqMASl.
 打ち合わせも終わり、メンバー全員が仕事の仕度を始めた。
保田は、そっと安倍に近づいた。しかし、どう声をかけていいか分からない。
安倍の前でしばらくもぞもぞしていると、安倍が保田に気づいた。
安倍は保田の目を見て、にっこりと笑った。
「もう大丈夫…色々ありがとね」
そう言う安倍の目には何の曇りも無かった。
 
326 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:11 ID:6sqMASl.
 その言葉を聞いて、保田はほっとした。
と、同時に、どうしても信じていいものだろうか?という疑問が浮き上がった。
いや…裕ちゃんがきっと説得してくれたのだろう。
疑ってもキリが無い。
保田は自分にそう言い聞かせた。
そして、保田も安倍に笑顔をかえした。
 
327 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:15 ID:6sqMASl.
 ようやく、すべての歯車が順調に回りだした。
モーニング娘。としての新曲のレコーディングも控えていた。
やっぱり…なんだかんだ言っても安倍の存在は必要なもの、そう保田は感じていた。
前はあんなに嫌ってたのに。
しかし、安倍を受け入れる事の出来るようになった自分が嬉しくも思えた。
色々あったけど、結果的には良かったのかもしれない。
 
328 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:19 ID:6sqMASl.
 安倍を入れた番組の収録が始まった。
以前と同じように、保田はハシャギまくる安倍を眺めていた。
しかし、今度は好意的な目で。
安倍はまったく以前と同じようだった。
 
329 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:21 ID:6sqMASl.
 と、突然安倍が静かになった。
隣りに座っていた矢口が安倍の顔を覗き込んで引きつった顔をした。
後ろに座っていた保田は何が起きたのか分からなかった。
身を乗り出して安倍の肩に手をかける。
「どうしたの?」
安倍は何も答えなかった。
 
330 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:24 ID:6sqMASl.
 「なっち!」
矢口が大声で叫んだ。
保田が手をかけた肩は少しずつ保田から離れていった。
安倍は、そのまま前のめりに倒れていった。
倒れて…ようやく保田から安倍の顔が見えた。
安倍の顔は血の気が失せて真っ青になっていた。
 
331 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/15(火) 22:27 ID:6sqMASl.
 「なっち!?」
矢口がすかさず床にしゃがんで、安倍を抱きかかえた。
「救急車!早く!」
スタジオは騒然となった。
保田は、安倍の肩がすり抜けてしまったまま、手を前に突き出し、呆然としたまま止まっていた。

 
333 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/17(木) 21:59 ID:zlVrpouY
 程なくして、救急車が到着した。ぐったりとしたままの安倍は、救急隊員の抱えられ、ストレッチャーに乗せられてスタジオを出ていった。
それからしばらくの間、スタジオ内の騒然とした雰囲気は収まらなかった。
保田はただ、呆然と安倍の出ていったスタジオの出口を見つめていた。
「圭ちゃん…どうして?どうしよう?」
そんな声が聞こえて顔を向けると、矢口が真っ青な顔をしていた。
「どうしようって…」
保田は何も答える事が出来なかった。
 
334 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/17(木) 22:04 ID:zlVrpouY
 収録はそのまま続けられた。スケジュールの詰まっているモーニング娘。にとって時間は無駄に出来なかった。
その場にいる全員が青い顔をしたままでの収録。笑顔の一つもない。
安倍の所へ一刻も早く行きたかった保田だが、仕事を放棄するわけには行かなかった。
収録が終わると、矢口は保田の所に真っ先にやってきて、安倍のところへ行こうと提案した。
保田は当然、それに同意した。
更に飯田も交えて、三人でマネージャーにお願いして、安倍の搬送先まで連れていってもらった。
 
335 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/17(木) 22:07 ID:zlVrpouY
 病院に着くと、事務所の人がロビーに一人座っていた。
四人がやってきたのに気づき、立ちあがって近づいてきた。
保田は、その表情から安倍の容態を読み取ろうとじっと顔を見つめた。
その顔は、特に緊張もせず、ごくごく普通であった。
「なっちはどうなんですか?」
矢口が真っ先に口を開いた。
 
336 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/17(木) 22:13 ID:zlVrpouY
 「特に異常は見当たらないそうで…まだ完調ではないのでは、と」
事務所の人はそう静かに話した。
四人はそれぞれ顔を見合わせた。少しだけほっとした表情がこぼれた。
「ただ…静養が必要だと」
その言葉を聞いて保田と飯田が顔を見合わせた。
「静養…」
 
337 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/17(木) 22:16 ID:zlVrpouY
 飯田は更にマネージャーの顔を見た。マネージャーは飯田に答えた。
「静養…仕方無いね」
そういうとマネージャーはため息を一つついた。
「そうだよね。しっかり直して早く元気になってもらわないと」
飯田はそう言って。保田と矢口の顔をみた。
二人とも、同意の意味を込めて頷いた。
 
338 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/17(木) 22:24 ID:zlVrpouY
 「さ、次の仕事があるから」
マネージャーにそう言われて、仕方なく三人は病院を後にする事になった。
「ま、大事じゃないみたいだし、良かったね」
矢口の顔からようやく笑顔が出てきた。
しかし…保田は不安で仕方なかった。
なっつぁんが…また一人で悩んでしまったらどうしよう?
裕ちゃんに連絡しておくべきだろうか?
車に乗って遠く離れていく病院を見ながら、保田は急激に心細くなっていった。
 
345 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 18:49 ID:uHYMJD76
 安倍が倒れてから、モーニング娘。は仕方無く安倍抜きで活動を続けた。
メンバー全員が安倍が心配ではあったが、スケジュール一杯の状態では、見舞いに行くことすら叶わなかった。
安倍の様子については事務所の人から逐一聞いていた。
それによると、安倍は静かに…毎日回復に向けてがんばっていると。
保田は心配で何度も事務所の人に問い合わせていた。
しかし、安倍は大丈夫、という返答しか返ってこなかった。
 
346 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 18:53 ID:uHYMJD76
 心配しすぎなのか?
保田はむしろ自分の方が変なように思えた。
そう…きっと心配しすぎてるんだ。
なっつぁんは分かってくれたんじゃん。
そう思うと、保田は自分が可笑しく見えた。
 
347 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 18:57 ID:uHYMJD76
 =============================================
 
348 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:02 ID:uHYMJD76
 「おつかれさまでしたー」
今日も1日、ようやく仕事が終わった。
保田は事務所の車に乗り、家路を急いでいた。
「あ…すいません、家の近くのコンビニで降ろしてもらえます?」
保田を乗せた車はコンビニに止まり、保田を置いて行ってしまった。
保田は車が消え去るのをみると、被っていた帽子を手でひっぱり、顔が見えないように深く被った。
そして、コンビニでしばらく立ち読みした後、少しばかりの買い物をすませた。
 
349 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:07 ID:uHYMJD76
 「ありがとうございました」
店員の声を背中に、自動トビラを通ってコンビニの外へ出た。
コンビニの袋を片手に、もう片方にはバッグを担いで家に向かって歩き始めた。
電燈の明かりで真っ暗ではないが、夜遅くて暗い事には変わりない。
保田は下を向いたまま早足で家に急いだ。
 
350 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:12 ID:uHYMJD76
 ふと、人の気配を感じた。
保田は少しだけ顔を上げて、前を見た。
そして、人影を見つけると、その影を避けるようにして更に早足で通りすぎようとした。
しかし、その人影は明らかに保田を意識していた。
保田はそれに気づき、怖くなって走り出そうとした。
 
351 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:16 ID:uHYMJD76
 「なんで!」
急に叫び出す人影。
保田はその声に驚いて足を止めた。
「どうして?」
甲高い声で叫ぶ。
保田はそっと顔を上げて、人影をよく見てみた。
 
352 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:20 ID:uHYMJD76
 「なっつぁん?」
保田は一言そう言うと、一歩人影の方へ歩み寄った。
「なっつぁん、もう大丈夫なの?」
人影は保田に歩調を合わせるように、一歩後ろへ下がった。
「…なっつぁん?」
保田は何も返事をしない人影…いや、安倍に話しかけた。
「どうしたの?もう、復帰出きるの?」
 
353 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:23 ID:uHYMJD76
 「なっつ…」
「嘘吐き!」
保田の言葉を遮るように、安倍はまた大声で叫んだ。
保田はまた一歩、安倍に歩み寄った。
安倍もまた、それに合わせてまた一歩、後ずさりした。
「裏切り者!!」
静かな住宅街に、安倍の声がこだました。
 
354 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:28 ID:uHYMJD76
 「なっつぁん…」
保田は自分の不安が的中してしまった事に目の前が真っ暗になった。
「なっちは必要だって言ったくせに!」
「なっちがいなくたってモーニングはそのまま仕事してるじゃん!」
「なっちだけ置き去りにして!」
保田は安倍の方に一気に歩み寄った。
「違うって!なっつぁん!」
 
355 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:30 ID:uHYMJD76
 「近づかないで!」
安倍はもはや興奮していて、何を言っても無駄そうだった。
保田は歩みを止めた。
「なっつぁん…お願い聞いて。モーニングはスケジュールがいっぱいでどうにもならないんだよ」
「それはなっつぁんも分かってるでしょ?」
「みんな…なっつぁんが戻ってくるの信じて待ってるんだよ」
 
356 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:33 ID:uHYMJD76
 「嘘吐き嘘吐き嘘吐き…」
安倍は今度は静かな声で、まるで呪いの言葉のように「嘘吐き」という言葉を繰り返した。
「なっつぁん止めて!嘘なんかじゃないよ!」
今度は保田が声を荒げた。
「なっつぁん分かってくれたんじゃなかったの!?」
保田は涙声になりながら叫んだ。
 
357 名前:名無し娘。 投稿日:2001/05/28(月) 19:38 ID:uHYMJD76
 「私はなっつぁんの事信じてたのに!なっつぁんこそ裏切るの!?」
保田の叫び声を聞いて、安倍は少しずつ後ずさりした。
そして…くるりと後ろを向き、突然走り始めた。
「なっつぁん!」
保田は手に持っていたコンビニ袋もバッグも投げ捨てて、安倍の後を追って走った。
今度こそ、安倍を逃がしたくない。
保田は死ぬ気で追いかけた。
 
372 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:10 ID:5im6cJtQ
 「今度こそ…」
保田はそう呟きながら安倍の背中を追いかけた。
ここでまた安倍を逃がしたら、また安倍を一人にしてしまうような気がした。
必死に追いかける保田。
その差はどんどん縮まってきた。
病み上がりの安倍の足はどんどんと遅くなってきた。
 
373 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:18 ID:5im6cJtQ
 陸橋の上に差し掛かったとき、安倍は突然立ち止まった。
そして、橋の欄干に攀じ登り始めた。
「なっつぁん!」
陸橋の下には高速道路が走っていた。
保田は安倍が何をしようとしているのかすぐに分かった。
安倍の足が丁度欄干の上に昇ったとき、保田の手が安倍の足を掴んだ。
「止めて!!」
 
374 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:30 ID:5im6cJtQ
 「離してぇ!」
断末魔のような安倍の叫び声が聞こえた。
保田は自分の全体重をかけて安倍の足を引っ張った。
安倍はバランスを崩し、保田の方へと倒れるように落ちてきた。
今度は安倍の全体重が保田に圧し掛かってきた。
保田と安倍はそのまま倒れ込み、保田は勢い余って頭を酷く地面に打ちつけた。
一瞬何がなんだか判らなくなった。
 
375 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:39 ID:5im6cJtQ
 「圭ちゃん!?」
安倍の声が聞こえて、保田は我に帰った。
安倍は逃げずに…必死の形相で保田に話しかけていた。
保田は気がつくと同時に安倍の腕を力いっぱい掴んだ。
「なっつぁん!もう逃がさないよ」
しかし、安倍はもう逃げようとはしていなかった。
 
376 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:48 ID:5im6cJtQ
 「なっつぁん…お願いだから…」
保田はそう、安倍に向かって呟いた。
安倍は何も言わず、ただ保田を見つめていた。
「なっつぁん…今度こそ逃がさなかったよ」
「一人にはさせないよ」
保田はそこまで言うと急に意識が遠のいていった。
目の前が真っ暗になった。
 
377 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:54 ID:5im6cJtQ
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378 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 17:58 ID:5im6cJtQ
 保田が気がつくと、そこは真っ暗なところだった。
なぜ真っ暗なのだろう?
保田は不思議に思った。
しかし、保田がその理由に気づくのにそれほど時間がかからなかった。
起き上がろうとするが起きあがれない。
手も足も動かない。
声も出ないし、口も動かない…。
真っ暗なのは、目が開かないからだった。
 
379 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 18:01 ID:5im6cJtQ
 それなのに意識はハッキリしているし、音だけはよく聞こえた。
どうやら病院にいるようで、医者の会話もハッキリ聞き取れた。
まさか、私はこのまま動けないまま?
保田はそう思うと恐怖を感じた。
しかし、どうにも出来なかった。
一生懸命何か伝えようと思うのだか、何も出来なかった。
 
380 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 18:07 ID:5im6cJtQ
 「圭ちゃん」
あれから何日たったのか昼なのか夜なのかも分からないある日、聞き覚えのある声が聞こえた。
「圭ちゃん…ごめんね」
「なっちは…ようやく分かったような気がする」
「なっちはね、ワガママかもしれないけど、みんなに、いや、誰かに大切に思って欲しかった」
「誰か…なっちを必死に思ってくれる人が欲しかった」
「なっちは…自分で孤独を演じて、誰かにかまって欲しかっただけなのかもしれない」
「誰かが必死に追いかけて来てくれるのを期待してたんだと思う」
 
381 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 18:16 ID:5im6cJtQ
 安倍の声は更に続いた。
「なっちは…いつもモーニングの中でチヤホヤされてた」
「だから、そうならなくなって、自分だけが疎外されてるように感じるようになった」
「裕ちゃんにも言われたけど…みんなの事考えないで自分だけが被害者だと思ってた」
「みんなが、なっちを見捨てたと思った」
「なっちを大切に思ってくれる人なんて誰もいない、と思った」
 
382 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 18:21 ID:5im6cJtQ
 安倍の声は涙声になった。
「圭ちゃんがなっちの手帳を見たのを知って、圭ちゃんになっちの気持ちを分かって欲しかったのかも」
「圭ちゃんに…必死に追いかけて欲しかったのかも」
「…ごめんね」
「…」
「圭ちゃんがこうなったのもなっちのせいだよね」
「自分でもどうしてあんなに強情だったのか分からないよ…」
 
383 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 18:25 ID:5im6cJtQ
 「だけど、圭ちゃんが追いかけて来てくれたおかげで…なっちも救われたと思う」
「圭ちゃんがなっちを離さなかったから、なっちは孤独から逃げられたんだと、思う」
今度は急に笑い声が聞こえた。
「ごめんね。何言ってるんだろね」
「…圭ちゃんが元気になってから、ちゃんと話さなきゃダメなのに」
「それまでなんとかがんばるよ」
「…ありがとう」
 
384 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/21(木) 18:27 ID:5im6cJtQ
 保田はどうにかして安倍に返事を返したかった。
しかし、何も出来ない。
「じゃね」
安倍の声が聞こえると、部屋のドアを開け閉めする音が聞こえた。
そして、保田の周りは静かになった。
 
392 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/24(日) 11:26 ID:EpF0wz1o
 それから…安倍は何度も定期的にやってきては、その日あった事や、色々な事を一方的に話しかけてきた。
保田は、徐々にではあるが安倍の気持ちが前向きになっていったのを嬉しく思った。
しかし、自分はそんな安倍に何も出来ない。
悔しいし悲しかったが、いつしかそれも仕方無い、と諦めるようになった。
しかし、希望を捨てるつもりは無かった。
必ず、復活すると自分に強く言い聞かせていた。
 
393 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/24(日) 11:30 ID:EpF0wz1o
 いつも通り安倍がやってきた。
しかし、声は沈んで、今にも泣き出しそうな様子だった。
そして一言呟いた。
「なっちは…必要なのかな?」
それを聞いた保田は頭に血が上った。
そして全神経を集中して叫んでみた。
 
394 名前:名無し娘。 投稿日:2001/06/24(日) 11:34 ID:EpF0wz1o
 「いい加減にしてよなっつぁん!!」
保田の声はその部屋中に響き渡った。自分の耳でもしっかりと確認出来た。
その声をしっかりと聞いた安倍は、何も言わずに保田に抱きついてきた。
安倍の涙が保田の頬に一滴、落ちた。
そして耳のそばで静かに囁いた。

「おかえり…圭ちゃん」
 

おしまい。
 

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