ちょこっとファンタジー
- 「ま、参りました」
そう言って平家は床に手をつき、頭を下げた。
手元には剣。
平家はゆっくりと頭を上げた。
「やっぱ、かなわんわ」
そして立っている人を見上げて微笑んだ。
「さすがやね、裕ちゃん」
- 二人の周りからは剣と剣がぶつかる金属音が聞こえてくる。
ここはブレゼルという名の国の騎士団の訓練場。
「はよ立ちいや。騎士団長がみっともないで」
中澤はそう言って手を差し出した。
平家は差し出された手を取って立ちあがった。
服に付いたホコリを手で払う。
「さて、行こうか」
平家は出口を指差した。
- 剣を鞘に収め、二人は訓練場を出て長い廊下を歩き出した。
「裕ちゃん、ほんまに騎士団には入らへんの?」
平家の質問に中澤はただ頷いた。
「もったいないなぁ・・・間違い無くこの国で一番のウデなのに」
平家は肩をすぼめた。
「またそのハナシかぃ・・・おれはそういうのニガテなんやて」
中澤はあきれた顔をした。
「そうやったね。その答えもいつものとおりやね」
平家は苦笑した。
- 「騎士団の堅苦しい雰囲気が嫌なんよね」
平家の言葉に中澤が続けた。
「おれは自由にやりたいんや」
「自由ね」
平家はそう言って笑った。
中澤は顔を曇らせた。
「なんや・・・嫌な笑いやな」
- 二人は扉の前で立ち止まった。
平家がカギを開けて、扉を開けそのまま手で抑えた。
「どうぞ」
中澤は平家に言われるままに部屋に入った。
平家は扉を閉めて部屋の中央にある大きな机のところへ行き、椅子に座った。
中澤も平家と机を挟んで椅子に座った。
「で、ハナシってなんや?」
- 平家は机に地図を広げた。
「ハナシってのはな、裕ちゃんにお願い・・・いや、依頼したい事があるんや」
平家は急に真剣な顔になった。
「これはな、親友としてのお願いやなくて、騎士団長としての依頼や」
「もったいぶってないで、はよ話せえ」
中澤は椅子に深く座った。
- 「あのな、山脈を超えた向こうの・・・キルラーって国知ってるやろ?」
平家は地図を指差しながら言った。
「あぁ・・・軍隊ばかりの国やろ?」
「そう。そのキルラーが最近不穏な動きを見せてるねん」
中澤は背もたれから背中を離して地図に見入った。
「不穏?」
- 平家は小さく頷いた。
「まるで、戦争の準備をしているみたいやねん」
「そりゃまた」
中澤はため息をついた。
平家は話しを続けた。
「前の大戦からずっとこのヴィンセント大陸は条約のおかげで平和だったやんか」
「なのに、急にここに来て軍備の増強をしてるみたいや」
「町も厳戒体制みたいやね」
- 「はぁ」
中澤は気のない返事をした。
「で、おれに依頼って?」
平家は地図から手を離し、椅子に深く腰掛けた。
「あのな、キルラーに行って欲しいんや」
「はぁ?」
中澤は驚いた顔をした。
- 「なんでおれが?スパイか?」
平家は頷いた。
「そう・・・スパイやね」
「裕ちゃんに行ってもらう理由は・・・騎士団が行くとなにかとマズイんや」
「民間人が・・旅行者を装って」
中澤はまたため息をついた。
「政治的な理由なんやな」
- 「そう」
平家は机に肘をついて、手を組んだ。
「ウチらとしては無用にキルラーを刺激したくないんや」
「それとな、噂なんやけど・・・キルラーの近辺で魔物が出てるらしいんや」
中澤はそれを聞いて身を乗り出した。
「魔物?マジか?」
- 「噂やけどな」
「魔物なんて本でしか見たことないよな。どうや?興味あるやろ」
平家はにやりと笑った。
中澤は平家の顔を見て思った。
(コイツ、おれの事よく分かってるな)
平家は続けた。
「冒険物語好きな裕ちゃんとしては興味あるハナシやろ?」
- 中澤は返答に困った。
「どや?このままプー太郎してるよりいいやろ?」
「プーいうなや・・・自由人と言ってもらおうか」
中澤の真剣な顔に平家は爆笑した。
「自由人、ね」
平家の言葉に中澤は不満そうな顔をした。
- 「それは置いといて!潜入したらどうやって報告するんや?」
「やる気になったみたいやね」
平家はにやりと笑った。
「伝書バト飛ばしてもらうから」
中澤は平家の言っている意味が全然理解出来なかった。
「なんや・・・それ」
- 「あぁ・・裕ちゃんは魔法の事まるで分からんかったんやね」
中澤はそれを聞いてムッとした。
平家は続けた。
「遠距離で会話する魔法やねん。それで報告してもらうんや」
「そうなんか・・・って、そんなん使えへんで?」
中澤は困った顔をした。
- 「大丈夫。魔法使えるヤツに一緒に行ってもらうから」
「安倍って知ってるやろ?」
中澤は頷いた。
「なっちか?知ってるわ・・・天然ボケ少女やな」
「そうそう」
平家はケラケラと笑った。
- 「なっちに一緒に行ってもらう。二人だけじゃ不安なら後の人選は裕ちゃんにおまかせや」
中澤はそれを聞いて唸った。
「あんまり大勢で賑やかに行ったらスパイにならへんからな」
「せいぜい3〜4人か」
平家は頷いた。
「そうやね。なっちは攻撃系の魔法はてんでダメらしいから。そういう人捜してみたら?」
- 中澤は立ちあがった。
「分かったわ。受けるわ、そのハナシ」
平家も立ちあがり、手を差し出した。
「さすが裕ちゃん・・・頼んだわ。なるべく早くに出発して欲しいねん」
中澤は差し出された手に握手をした。
「了解」
- 中澤はクルリと振り向き、平家を背に部屋を出て行った。
ブレゼル評議会館の長い廊下を歩きながら色々考えた。
やはり・・・攻撃系の魔法使えるヤツ捜さないと。
あと、もう一人くらいか?剣扱えるヤツを・・・。
中澤は色々思案を巡らせた。
面白いことになった。内心そう思った。
- ブレゼルは民主主義国家で、評議会によってすべての事が決定されていた。
その評議会の会館の中に騎士団の部屋もあった。
ブレゼルの騎士団はキルラーや他の国々と違って弱小だった。
平和で自由な国。
誰もが自由な職業につき、自由な発言が許された。
このヴィンセント大陸でもこんなに平和な国はブレゼルだけだった。
- そんな平和な国に生まれ育ったからこそ、逆に中澤は冒険に憧れていた。
ブレゼル評議会館を出て、隣に建っている大きな建物に入った。
そこはブレゼル最大の図書館だった。
中澤は山のようにある本のの中からお気に入りの一冊を手にとった。
剣と魔法と冒険の、大昔の物語。
中澤は開いている椅子を探して座った。
そして本を開いた。
何度も読んだ本。内容は丸暗記していた。
それでも中澤は夢中で本を読んだ。
- 「裕ちゃん」
すぐ近くで声が聞こえたので中澤は顔を上げた。
すぐ目の前に顔があった。
「ぅわ!」
中澤は驚いて大声を出して体を起こした。
周りの人々が一斉に中澤を見た。
「裕ちゃん・・・図書館で大声だしちゃダメだよ」
- 安倍はニコニコと笑っていた。
「期待通りのリアクションだったね」
中澤は顔をしかめた。
「まったく・・・」
安倍はぐるりと机を周って中澤の隣の椅子に座った。
「ね、平家さんからのハナシ聞いた?」
中澤は頷いた。
- 「それじゃ話しは早いね。いつ出発するの?」
安倍は楽しそうだった。この娘はいつもそうだ。
「そうやな・・・もう一人か二人、探そうかと思ってな」
「ふーん」
安倍は机に肘をつき、頬杖をついた。
中澤は本を閉じて立ち上がった。
「さて・・・人捜しに行くか」
- 中澤は本を元の場所に戻した。
「待って待って」
安倍が後ろをついてきた。
中澤は安倍を一瞥し、そのまま歩き出した。
二人は図書館を出て、また評議会館へと入っていった。
- 「人捜しって、アテはあるの?」
廊下を歩きながら安倍が話しかけてきた。
「まあな」
そっけない返事をする中澤。
「そっかぁ」
安倍は気にとめずにそのまま中澤の後をついていった。
二人は廊下の突き当たりまでやってきた。
- 突き当たりには長いテーブルが置かれ、その向こうは事務室になっていた。
テーブルの前には一人の女が座ってなにか帳簿に書き込んでいた。
「明日香」
中澤はテーブルの前の女に声をかけた。
女はゆっくりと顔を上げて、持っていたペンを置いた。
「あれ?裕ちゃん。どうしたの?」
- 中澤と安倍はテーブルの前に立ったまま話しをした。
「あのな、人捜してるんやけど」
「誰?」
「誰っていうかな・・攻撃系の魔法得意なヤツ」
「ふーん・・・ちょっと待って」
福田は席を立って事務所の奥のほうへと歩いて行った。
- 福田は大きなファイルを持って戻ってきた。
ファイルを机に置いて椅子に座った。
「なんでなの?」
ペラペラとファイルをめくりながら福田は中澤に聞いた。
「それはね!」
安倍がそこまで言うと中澤は安倍の口を手で抑えた。
「それは、内緒や」
- 「ふーん・・・どこかへ旅にでもでるの?」
「ま、そんなんかな」
安倍の口から手を離した。安倍は恨めしそうな目で中澤を見た。
福田は突然ニヤリと笑った。
「凄い魔法使いがいるけど。どうかな?」
「凄い?」
中澤は聞きなおした。
「凄いよ。たぶんブレゼル最強じゃないかと・・・」
- 「そうなん?じゃ、そいつ紹介してや」
福田は更に笑いだした。
「いいよ・・・今、紹介状書くから」
そう言って福田はまた事務所の奥へ行った。
「なんか、楽しそうだね」
安倍は不思議そうな顔をしていた。
「違うやろ・・なんか裏があるんやろ」
- 福田が封筒を持って帰ってきた。
「じゃ、これ持って魔法学校へ行って」
中澤は封筒を受け取った。
「学校?」
「あ、それってなっちの母校じゃん」
安倍は中澤の手から封筒を奪い取った。
「そんなん若いヤツなんか?」
「ま、ね。でも、最強なのは間違いないよ」
- 「そうなんか。サンキュー」
中澤は安倍の手から封筒を無理やり取り返した。
二人が立ち去ろうとすると福田が笑顔で言った。
「一緒に行けば退屈しないと思うよ」
「なんか、意味深やな」
そう言って中澤は歩き出した。
- また来た道を逆戻りして二人は評議会館の外へ出た。
町の中心に位置する評議会館から外れの方にある魔法学校まではかなり距離があった。
「馬車にでも乗っていくか」
中澤がポツリと呟くと安倍が中澤の前に立った。
「それなら、任せて!」
自信たっぷりの安倍の表情。
安倍は目を閉じて何やらブツブツと呟き始めた。
「魔法使うんか・・・」
中澤の言葉に安倍は何も返事もせず、魔法の詠唱を続けていた。
- 安倍が詠唱を終えて黙ると、突然二人の周りに風が吹いてきた。
風はどんどん強くなり、二人を取り囲むように竜巻になった。
「な・・・なんや!?」
驚く中澤の顔を見て嬉しそうに安倍は笑った。
あまりの風の強さに目を閉じた。
何か、体が中に浮いたような感じがした。
- 風が止んで周りが静かになった。
中澤がゆっくりと目を開けてみると、目の前に大きな塀に囲まれた建物が見えた。
「どう?」
中澤が声のする方へ視線を移すと、安倍が笑みを浮かべていた。
「・・・ここは、魔法学校やんか」
「もちろん!」
安倍は勝ち誇ったような顔だった。
- 「どうやったんや?」
魔法の事は何も知らない中澤にはとても不思議な出来事だった。
「う〜ん・・・なんて言うか」
「風の精霊にお願いして、風に運んでもらったの」
「そ・・・そうなんか」
中澤には安倍の言っている事がさっぱり分からなかった。
「風に乗ってどこにでも行けるんか」
- 安倍は首を横に振った。
「違うよ。近いところにしか行けないし、方向と距離が分かってないと行けないの」
「もっと有能な魔法使いだったら遠くへ行けるかもしれないけどね」
安倍は苦笑いをした。
なんとなく分かったような分からないような話だったが、中澤はとりあえず分かった事にした。
「さて、行こうよ」
安倍はそう言って中澤の手を引いた。
二人は魔法学校の門をくぐって中に入っていった。
- 魔法学校は広大な敷地内に背の低い建物が沢山並ぶところだった。
門から入ってすぐの建物の中に入ると、玄関に受付があった。
「あの・・・すみません」
安倍が受け付けのところに居た男性に話しかけた。
「飯田先生いらっしゃいますか?」
中澤は黙ってやりとりを聞いていた。
- 「しばらくお待ち下さい」
男はそう言って受け付けを離れてどこかへ歩いていった。
「知り合いがいるんか」
中澤が安倍に聞くと、安倍は頷いた。
「同級生がね、ここで先生やってるの」
「同級生・・・ここの出身なんやな」
「そうそう。母校で先生ってワケ」
- 程なくして男が帰ってきた。
「どうぞ、中へ」
「13Bの部屋に先生はいらっしゃいます」
男に言われて二人は建物の中に入っていった。
「13B言われてもな」
「大丈夫だよ・・・なっちは知ってるから」
安倍は迷わず歩いていった。
中澤はただ安倍の後ろについていった。
- 「ここだよ」
安倍が立ち止まった扉の上に確かに「13B」と書かれたプレートがついていた。
「かおりー」
安倍はそのままノックもせずに扉を開けて中に入った。
中澤もそのまま安倍について入った。
部屋の中には長い黒髪の女がデスクのところに座って何やら仕事をしていた。
「かおり!」
安倍がそう言うと女は顔を上げた。
「ノックぐらいしなよ!なっち!」
- 「いいじゃん・・・同級生なんだし」
「それとこれとは違うでしょ。マナーなんだから!」
言い合う二人を見て中澤はこの二人があまり仲良く無いという事を悟った。
同級生だからといって仲が良いワケでもない。
中澤は二人の間に割って入った。
そして深くお辞儀をして、自己紹介をした。
飯田先生も椅子から立ちあがり、一礼した。
- 中澤は飯田先生に封筒を渡した。
飯田先生はその封筒を両手で受け取り、中を開けて手紙を読んだ。
中澤が後ろを振り返ると安倍が膨れっ面をしていた。
「ぷ・・」
中澤は安倍の顔が面白いので吹きだしてしまった。
安倍は機嫌を損ねたのか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
- 「なるほど・・・丁度私のクラスの生徒です」
飯田先生が手紙を読み終えて話し始めた。
中澤は飯田先生の方へ向き直った。
「生徒なんですか」
「そうです。そろそろ授業が始りますので、ご覧になってはいかがですか」
飯田先生の提案を中澤は受け入れた。
「そうですね・・・そうさせてもらいますわ」
- 「じゃあ、ついてきてください」
飯田先生はそう言って手紙を封筒に入れて中澤に返した。
飯田先生は何冊かの本を手に持ち、部屋を出ようとした。
中澤は安倍の手を掴んで引っ張った。
「いつまでも膨れてないで行くぞ」
三人は13Bという部屋を後にした。
- 「なんか問題のある生徒さんなんですか?」
廊下を歩きながら中澤は飯田先生に聞いてみた。
「いや・・・ちょっと」
飯田先生はため息をついた。
「魔法使いとしての実力は折り紙つきです」
「先生達よりも強力です」
「だから・・・」
そこまで言ったところで飯田先生は立ち止まった。
「ここの教室です」
- 「向こうの扉から入ってください」
飯田先生はそう言って扉を開けて教室に入っていった。
中澤と安倍の二人は言われたとおりに少し先にある扉を開けて教室に入った。
入ってみると丁度教室の一番後ろのところだった。
扉を閉めて、二人は教室の端で授業を聞いていた。
飯田先生は魔法についての講義を始めた。
- 「魔法には、火・水・地・風の四つの種類があります」
「この四つはそれぞれ精霊の種類でもあります」
「魔法使いとは、それぞれの精霊の力を現世に呼び出す人のことです」
「精霊とコンタクトを取るために呪文の詠唱をします」
「そして、魔法使い自身を媒体にして精霊の力を現世に呼び出すのです」
「それぞれの魔法使いにはそれぞれの精霊との相性があります」
「また、魔法使い自身の能力によって呼び出せる精霊も異なります」
- 「より強力な力を持つ精霊とのコンタクトにはそれなりの実力が必要です」
飯田先生の講義は続いた。
「裕ちゃん、分かる?」
安倍が耳打ちしてきた。
「分からへん・・・」
中澤は首を横に振った。
「それより・・・この手紙にある生徒ってどれや?」
- 中澤は封筒から手紙を取り出した。
「名前はなんていうの?」
「えーと・・・加護」
「名前だけじゃ何にも分からないよね」
安倍は背伸びをして教室を見回していた。
「あれ見て」
安倍が中澤の腕をつついて、ある生徒を指差した。
- 中澤が安倍の指差す方をみると、一人の生徒が机にうづくまっていた。
隣の生徒が何やら話しかけていた。
二人はその二人の生徒の席に近い方へ移動した。
二人とも女の子だ。
隣の席の女の子は寝ている女の子の肩を揺すっていた。
「起きてよ・・・授業中だよ」
- 中澤と安倍はその様子をじっと見ていた。
「起きてってば」
寝ていた女の子は顔を上げた。
「・・・・もうお昼?」
机の中をごそごそと何かの箱を取り出した。
「ち、違うって!お昼じゃないよ!」
「え〜?じゃあ、もう終りなん?弁当食べてないやん」
- 「違うってば。まだ授業中なんだって」
隣の女の子は焦って机の上の弁当箱を戻させようと必死だった。
「ののちゃんはもう弁当食べたん?」
「まだだってばぁ・・・まだ午前中の授業だよ、亜依ちゃん!」
中澤は手紙に書いてある名前を良く見た。
「アイツか・・・」
- 急に静かになったので何かと思い中澤は視線を前にやった。
飯田先生が講義を中断してこちら・・・いや、加護達のところへ歩いてきた。
両腕を腰に当て、加護を見下ろす。
「加護・・・ちゃんと授業聞いてる?」
「はいっ」
加護は元気良く返事をした。
- 「学校は寝るところじゃないんだよ」
「はいっ」
「返事だけはいつもいいのにね」
「はいっ」
飯田先生は呆れ顔をして、また教壇に戻っていった。
そして、講義を続けた。
- 授業の終りを告げる鐘の音が鳴った。
「ここまで」
飯田先生はそう言うと机の上にあった本をたたみ、手に取った。
加護は鐘が鳴ると同時に呆気に取られたような顔の隣の女の子を残して、教室を飛び出していった。
飯田先生は中澤と安倍のところまでやってきた。
「いつもこうなんです」
飯田先生は、はぁ、とため息をついた。
- 三人はまた元の道を歩き、「13B」の部屋へ戻ってきた。
中澤と安倍は椅子を勧められ、デスクを挟んで飯田先生と向い合わせに座った。
「なんていうか・・・凄い娘だね」
安倍が飯田先生に話した。
「そう・・・手が焼ける」
飯田先生はまたため息をついた。
- 「隣に居た子も見ました?」
飯田先生の問いかけに中澤は頷いた。
「あの子は、辻っていいます」
「加護と辻は、二人とも孤児院で育ってきました」
「捨て子なの?」
安倍が話しに割って入ってきた。
飯田先生は安倍を一瞥し、そのまま話しを続けた。
- 「辻は、孤児院の前に捨てられていたそうです」
「加護は・・・空から降ってきたとの事です」
「はぁ?」
安倍は眉間にシワを寄せた。
飯田先生はまったく安倍に構わずに話しを続けた。
「当時の孤児院の院長はもう亡くなってしまいましたが」
「院長が空から降ってきた加護を拾ったそうです・・・真実はわかりませんが」
- 「そんな事ってあるのー?」
安倍は中澤の顔を見ながら話しかけてきた。
「オレが知ってるわけないやろ」
中澤は冷たい口調で答えた。
安倍はまた、ぷぅ、と膨れてしまった。
「加護と辻は幼い頃からまるで姉妹のように育ってきました」
飯田先生はそのまま続けた。
- 「ですが、魔法学校に二人そろって入学してきてから様子が変わりました」
「辻は、有能な子です。でも、それは普通に有能なのです」
「加護は違いました・・・飛びぬけていたんです」
「強力な魔法使いが苦労してコンタクトを得た精霊とも、いとも簡単にコンタクトしてしまいました」
「加護の能力は私達の想像を遙に超えています」
「先生達よりも強力な魔法使いなのです」
「だから・・・私達は加護に強く言えないのです。色々と」
- 「う〜ん」
中澤はそこまで聞いて、腕を組み唸ってしまった。
「加護が中澤さんの旅に同行するのはいいチャンスかもしれません」
「色々見て、経験してくれば、何か変わるかもしれません」
「ぜひ・・・連れていってあげてください」
飯田先生はそう言って頭を下げた。
「どうするの?裕ちゃん」
安倍が中澤の肩を揺すった。
- 「学校はイイんですか?」
中澤は飯田先生に聞いた。
「もう、この学校では加護に教えられる事はありません」
「校長や、孤児院にも私から連絡しておきますから」
飯田先生の言葉を聞いて中澤は決断した。
「一緒に行きますわ」
- 「よろしくお願いします」
飯田先生は立ちあがり、手を差し出した。
中澤も立ちあがり、その手を握った。
安倍も立ちあがって手を差し出したが、飯田先生はそのまま手を引っ込めた。
「そろそろお昼です。ゆっくり話してみてはどうですか?」
飯田先生の提案に中澤は頷いた。
- 中澤と安倍は13Bの部屋を出て、また教室に向って歩き出した。
中澤が後ろの安倍を振りかえるとまだ膨れていた。
中澤はフグのような安倍の顔が面白くて笑いを堪えるのに必死だった。
「何〜裕ちゃん」
安倍はご機嫌ナナメだった。
それがますます可笑しかった。
- 教室に戻ると、辻と加護は二人並んで昼食を取っていた。
ゆっくりと綺麗に食べる辻。
色々と話すのに夢中でボロボロとこぼす加護。
あまりに対照的な二人だった。
中澤は二人の目の前まで歩いていった。
そして満面の笑みを作って加護に挨拶した。
- 「こんにちは、加護ちゃん」
中澤の突然の挨拶に弁当を食べる手が止まる二人。
加護は小さな目をめいっぱい開いて驚いた顔をしていた。
「こんちは、おばちゃん」
加護の挨拶に中澤の笑顔は凍った。
「あ、亜依ちゃん!しつれいだよ」
隣の辻は焦っていた。
- 「お、おば・・・」
中澤は言葉に詰まってしまった。
後ろからクスクスという安倍の笑い声が聞こえてきた。
「亜依ちゃん・・・しつれいだよ」
焦る辻の言葉に加護は答えた。
「え?なんでや?」
中澤は心の中で叫んだ。
「このクソガキ!」
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