ちょこっとファンタジー(2)
「じゃ、行ってきまーす」
加護は軽やかな声で言った。
なんの緊張もなく、まるで遠足にでも出かけるかのように。
周囲の人間の不安そうな顔も加護の目には映ってないようだった。
「いい?中澤さんの言うことをちゃんと聞くんだよ!」
飯田先生は厳しい顔をしていた。
「はいっ」
加護は笑顔で答えた。

「本当に大丈夫?」
辻は特に心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だって!」
加護は自身満々だった。
加護は辻の目の前まで近づいた。
「ののちゃん・・・お弁当作ってくれるって約束覚えてる?」
辻は加護の言葉にきょとんとした顔をしていた。
「すぐ帰ってくるから・・・帰ってきたら今度こそお弁当作ってや」
辻は小さく頷いた。

「さ・・・もう行くで。明日到着するにはもう出ないとな」
中澤の言葉で加護は辻から離れた。
「じゃあね」
加護は手を振りながら少しづつ歩き始めた。
飯田先生と辻は手を振りながら離れていく加護を見送っていた。
かなり離れたところで加護が立ち止まった。
「ニンジンは入れんといてやー」
加護はそう叫んでまた中澤について歩き始めた。

三人はブレゼルの町を離れ、長い長いあぜ道を歩いていた。
周りは見渡す限り草原。空は雲ひとつ無かった。
ずっと先には大きな山脈が見える。それを越えればキルラーの領地に入る。
色々と話しながら山脈を目指して歩いた。
「なっち・・・さっきの、魔法でピュっと移動出来へんの?」
安倍は首を横に振った。
「ダメ」

不思議そうな中澤の顔を見て安倍は続けた。
「方向と距離が分からないとダメって言ったでしょ?」
「それが分からないとどこに降りちゃうかわからないの」
「木の上とか、川の上とか・・・屋根の上とかね」
中澤は首を捻った。
「そうなんか・・・なんや分からんけど、難しいんやな」

「魔法の事ならなんでも聞いてね」
安倍は鼻高々に言った。
中澤は何か馬鹿にされたような気がした。
話題を変えようと、二人の後ろを付いて歩いてきた加護に話し掛けた。
「え、と、なんて呼べばええんかな?」
加護は元気良く答えた。
「あいぼん!」

(敬語じゃないんか・・・)
そう思ったがそのまま話しを続けた。
「あいぼんは、どんな魔法が得意なん?」
「色々」
(そ、それだけかぃ)
中澤は先が思いやられた。
天然ボケとクソガキ。
中澤は頭が痛くなってきた。

三人は真っ直ぐ山脈を目指して歩きつづけた。
地図を片手にただ黙って歩く中澤。
後ろからは歌やらモノマネやら・・・。
「うるさいよー」
安倍の抗議も相手にせず一人で歌いつづける加護。
中澤は相手にするのも疲れてきた。

途中休憩を挟みながら歩きつづける三人。
「今日はどこまで歩くの?」
安倍が中澤に聞いてきた。
「今日中に山脈の尾根まで行かんと」
「えー!」
「そうせんと明日までにキルラーに着けんわ」
「とほほ・・・」
安倍はがっくりと肩を落とした。

「大した装備もしてないしな。一泊・・・二泊が限界やし」
「そうだけど・・・もっと沢山持ってくれば良かったのに」
安倍は不満そうに顔を膨らませた。
「なっちが持ってくれるんか?」
中澤がそう言うと安倍はますます膨れて黙ってしまった。
「そういう事」

山脈を登る登山道への入り口までようやくたどり着いた。
「さて、ここからが本番や」
中澤はそう言って先頭切って登山道へと入っていった。
「はぁ・・・」
安倍はため息をつきながら続いていった。
「山登りや!」
さんざん歩いたにもかかわらず加護は元気だった。

もう、日も陰りあたりは暗くなってきた。
三人はどうにか尾根にたどり着き、そこでキャンプする事にした。
「もうダメ・・・」
安倍はその場に座りこんだまま動かなくなってしまった。
「なっち・・・運動不足やぞ」
中澤がテントを張りながら笑った。
「太りぎみ?」
加護がそう言って大笑いした。
安倍はムッとしてそのままそっぽを向いてしまった。

食事も終え、焚き火を消すとあたりは真っ暗になった。
静かだった。時々、動物の鳴き声のようなものが聞こえる以外は。
三人はテントの中に入って寝転がっていた。
真っ暗なテントの中、お互いの声だけが聞こえた。
「学校は楽しいか?」
中澤は何も見えない上を眺めながら話し始めた。
「つまらない」
加護はそっけなく答えた。

「なんでや?」
「みんな・・・ウチの事怖がって友達になってくれへん」
「ウチの友達はののちゃんだけや」
中澤は目をつむったまま話しを続けた。
「怖がってるんか?」
しばらく静かな時間が流れた後、加護の声が聞こえてきた。
「ウチかて普通が良かったんや」
「魔法凄くても寂しいだけや」
そしてまた静かになった。

加護の鼻をすする音が聞こえてきた。
「もう寝よ・・・」
安倍の寂しそうな声が聞こえた。
中澤はそのまま何も言わなかった。
じっと、眠りにつくのを待った。
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「寒・・・」
安倍が肌寒さを感じて目をさますとテントの天井が見えるはずの所には青空が広がっていた。
「あれ?あれ?」
驚いて飛び起きる。周りを見渡すと何も無い。
「えー!」
安倍は大声を出して立ち上がった。

木の陰から笑い声が聞こえた。
安倍が声のするほうへ歩いて行くと中澤と加護の二人が隠れていた。
「なっち、おはよう。お目覚めはどうや?」
目に涙を浮かべる程笑っている中澤。
「テントから引きずり出してもまだ寝てるなんて」
安倍はあっけにとられていたが、突然大声を出した。
「ひどーい!」

キャンプを畳んで、三人は今度は尾根を下りはじめた。
安倍は朝のいたずらに酷くご立腹のようだった。
相変わらず頬を膨らませて黙って歩く安倍。
中澤はクスクスと笑っていた。
加護は夜の話しが嘘のように、また一人騒いでいた。
三人は、山脈を出た。

山脈を出たところは深い森だった。
中澤は地図を見ながら歩き続けた。
「どっちがどっちかも分からないね・・・大丈夫なの?」
安倍は不安そうだった。
「大丈夫やて」
中澤は自信を持って歩きつづけた。

と、突然大きな壁が現れた。
「な、何これ?」
「これが、キルラーやな」
「ただの壁やんか」
中澤はため息をついて加護に丁寧に教えてやった。
「これは、キルラーって国の城壁、お城の壁やな。だから、ここがキルラーやな。分かるか?」
加護は何回も頷いた。
「なるほど。分かってるけどな」
中澤の手が震えた。
(バカにしてんのか・・・)

壁づたいに歩いていくと、大きな門が見えてきた。
門の両横には兵隊が立っていた。
「なんか、ものものしい雰囲気だね」
安倍の言葉に中澤はただ頷いただけだった。
門をくぐろうととすると、兵隊に呼び止められた。
「どこから来た?」
兵隊の質問に中澤は落ち着いて答えた。
「ブレゼルです」

「よし、通っていいぞ」
兵隊はじろじろと三人を舐めるように見た後言った。
三人はそのまま門をくぐり、キルラーの町に入った。
門をくぐって真っ直ぐ、大きな石畳の通りがずっと向こうまで続いていた。
その通りに沿って大きな建物がずっと並んでいた。
しかし、大きな町の割には人影が少なかった。
まるで廃墟のようにも感じられた。

「なんだか寂しいところだね・・・」
「お店も閉まってるところ多いなあ・・・ののちゃんにお土産買うていこうと思ってたのに」
「厳戒態勢ってのは本当みたいやな」
三人は大通りを真っ直ぐ歩きつづけた。
すると、大きな交差点にやってきた。
交差点の真ん中には大きな噴水があった。
交差している通りも三人が歩いてきた通りと同じ位大きい通りだった。

馬の蹄の音と大勢が歩いてくる音が聞こえた。
交差している通りを軍隊が行進してきた。
三人はその様子を通りの端によって見ていた。
驚くほどの大勢の兵隊や騎士。
みな、緊張の面持ちで真っ直ぐ前を見ながら歩いていた。
まるで、今にも戦争が始まるかのようだった。

その中でも際立って目立つ人物がいた。
馬に乗り、いかにも高価そうな装備を身に着けていた。
三人は自然と目が行った。
「あの人・・・偉い人なんだろうね」
「そうやろな」
騎士団長だろうか?
それにしてはやる気の無さそうな顔をしていた。

「なんか退屈そうな顔してるね」
安倍が中澤の思っていた事を口にした。
「そうやな。なんでやろな?」
「ヒラメや。ヒラメに似てる!」
加護が突然騒いだ。
「そうだよね。魚顔だよね!」
安倍はそう言って声を上げて笑った。

馬上のその人物が声が聞こえたのかこちらを向いた。
「やば・・・」
加護は中澤の陰に隠れた。
中澤と目があった。
その人物はにこりと笑って、そのまま行ってしまった。
「以外と愛想いいやんか」
加護が中澤の横から顔を出して言った。

三人は一行が遠く見えなくなるまでその姿を見つづけていた。
そして姿が見えなくなると、顔を見合わせた。
「で、どうする?裕ちゃん」
安倍はこれからの行動を中澤に聞いてみた。
「そうやな・・・とりあえず、泊まるところを捜すか」
三人はそれらしき建物を捜しに歩き始めた。

道行く人に尋ねると、親切にホテルを教えてくれた。
三人は教えられたとおりの道を歩き、ホテルへと向かった。
「今日は、もう休むとしようか」
中澤の言葉に安倍と加護は大喜びだった。
「調査は明日からにしよう」

聞いたとおりに歩くと聞いたとおりの建物の前についた。
豪華・・・とはお世辞にも言えないホテルだった。
ところどころ壁のレンガが剥がれ落ちていた。
「ここ?もうちょっと豪華なところにしようよ」
「ここでええ」
中澤は安倍の意見を聞き入れず、建物の中に入っていった。

閑散としたロビーに薄暗い照明。
なんだか不安になる三人だったが、そのままチェックインを済ませた。
階段を上り、鍵に書いてある番号の部屋へと入った。
ドアを開けると軋む音がした。
「あぁあ、もっとイイ所に泊まりたかったなー」
「旅行やないんやで」
三人は部屋に入った。

部屋の中も薄暗い照明がついていた。
だが、小奇麗に整頓されていた。
ベッドのシーツなども真っ白で綺麗だった。
「なんだ、結構まともやんか」
加護はあちらこちらの扉を開けては部屋を探索していた。

安倍は相当疲れた様子で、ベッドに飛び乗って横になった。
「眠いよ疲れたよ」
安倍はそうボヤいて眠ってしまった。
中澤は窓のそばまで行き、カーテンを開けて外の様子を覗いていた。
外は、もう日が陰ってきていた。

「なんも起きてないみたいやん」
加護が中澤の隣から外を覗きこんできた。
「いや、物々しい雰囲気やったぞ」
「そうなん?」
「あぁ、軍隊とかな、ピリピリした雰囲気やったぞ」
「あー、あのヒラメちゃんかー」
加護は窓から離れた。

「ちょっとホテルの中探検してくるわ!」
加護はそう言って部屋を飛び出していった。
「あんまり無茶す・・・もういないやん」
中澤が振り向いたときにはもう加護の姿はなかった。
「元気やな・・・」
中澤はカーテンを閉めて窓から離れた。

テーブルの上に用意してあったティーバッグをとり、カップにお湯を注いだ。
カップを持ってベッドに座る。
紅茶を飲みながらぼんやりと明日のことについて考えていた。
明日は忙しくなりそうだ。
中澤は立ち上がり、カップをテーブルに置いた。
「あいぼんどこいったんや。まったく」

ベッドに横になった。
安倍の方を見ると着の身着のままで熟睡していた。
「よほど疲れたんやろな」
中澤は横になったままボーっとしていた。
「あいぼん、ま、大丈夫か」
中澤はそのまま眠ってしまった。

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